「大友克洋先生や楳図かずお先生の作品を見るたびに本当に芸術だなと思います。口はばったいですが、私もなるべくそうしたアートに近づきたいと思ってやってきました」

 毎回ひとつ「これは」というアイデアを作品に込めている。ごく普通の日常生活からヒントを得ることも多い。

「舌がなめくじになってしまう『なめくじ少女』は歯を磨いているときに、自分の舌を見て『こうなったら気持ち悪いな』と思いついたり、顔のニキビをしぼった経験が『グリセリド』になったりします」

 アイデアをリアルな恐怖にするための研究も怠らない。

「地面に血管が張り巡らされている村を描いた『白砂村血譚』は、式貴士さんの『カンタン刑』に登場する血の海に影響されました。描くために図書館でかなり血液型について調べましたがけっこう難しくて。永久機関が登場する『エーテルの村』や、惑星が惑星を食べるという『地獄星レミナ』も、宇宙のことを調べたりして苦労しました。まあ、全部にわか知識なのですぐに忘れちゃうんですけど」

3千人超の観客が喝采

 7月には「ジャパンエキスポ 2025 パリ」に招待され、ライブドローイングでエッフェル塔をバックにした富江を描き、3千人以上が詰めかけた場内から喝采がわいた。海外での体験が漫画に生かされることはないのだろうか。

「イベントは緊張するので、毎回こなすのが精いっぱいなんです。ただ2016年に中国の万里の長城に登ったとき、帰りに滑り台のようなスライダーを一人ずつ乗り物に乗って滑り下りる体験をしまして、あれは面白かったです。私はガイドの後ろから2番手で下りたんですが、こういう乗り物の操縦が割と得意なので早く着いちゃって、後ろからしばらく誰も来なかったんです。しかも同行していた担当編集者が一時行方不明になったりして(笑)、こういう話はなにかに使えるかもしれませんね」

(フリーランス記者・中村千晶)

『なめくじ少女』1994年発表。おしゃべりで有名だった夕子が最近無口になり、口を開いてもろれつがまわらない。心配した友人・利恵が家を訪ねるとそこには口を隠して寝込む夕子の姿が──。2018年1月にWOWOW、TOKYO MXで放送された「伊藤潤二『コレクション』」でアニメ化もされた(illustration ジェイアイ/朝日新聞出版)
『なめくじ少女』1994年発表。おしゃべりで有名だった夕子が最近無口になり、口を開いてもろれつがまわらない。心配した友人・利恵が家を訪ねるとそこには口を隠して寝込む夕子の姿が──。2018年1月にWOWOW、TOKYO MXで放送された「伊藤潤二『コレクション』」でアニメ化もされた(illustration ジェイアイ/朝日新聞出版)

AERA 2025年8月4日号より抜粋

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