ネットで情報を集める有権者が増えた結果
――SNSやネットが選挙に影響を与えるようになったきっかけを教えてください。
それはコロナ禍です。
組織や政党の支援を受けた候補者も、支持者を集めた政治活動や、街頭での選挙運動が制限されました。結果として候補者が戦えるフィールドがネットへと移行していきました。しかも、ネットは、選挙活動のハードルを下げました。
これまでは有権者は、街頭演説に足を運んでビラを配ったり、演説の手伝いをしたりして候補者を応援してきました。しかしネットはそうしたハードルを取っ払った。指先1つで、支持を表明できるわけですから。
選挙におけるSNSやネットの台頭を如実に示したのが、2023年の愛知県知事選です。
6人の候補者が出馬しましたが、衝撃的だったのが6番目だった候補者が8万8981票も獲得したこと。最下位の候補者が、東京ドーム約2杯分の有権者の支持を集めるような知事選はこれまで記憶にありません。従来のように、情報源が新聞やテレビだけだったら、こんな数字にはならなかったはず。最下位の候補者にこれだけの票が集まったのは、有権者がネットで情報を集めて投票の参考にしたからです。
となると、候補者もネットでの選挙活動に力を入れるようになり、言動や主張が過激化していく。そして兵庫県議会で、全会一致で不信任を突きつけられた知事が、SNSやネットで支持を集めて再選するという現象が起きた。候補者たちはその流れを見ているので、ネットでの活動がさらに過激化していく――というのが、選挙の現在地です。
候補者の「不確かな情報」を報じる難しさ
――「候補者全員に接触」を信条とする畠山さんにとっても、不確かな情報をどう報じるのか、とても難しいように思います。
確かに、そこがとても難しい。
たとえば、史上最多の56人が立候補した昨年の都知事選では、木宮みつきさんがゲサラ法を実現させると主張しました。
――ゲサラ法ですか? なんですか、それは。
ぼくだけではなく、木宮さんの出馬表明の記者会見に出席した記者は、みんな困惑しました。
木宮さんによれば、ゲサラ法とは人類史上はじまって以来の徳政令で、すべての国民の借金、住宅ローン、カードローン、教育ローンなどを帳消しにする法律だそうです。ぼくはその財源はどうするのか質問しました。
木宮さんによれば、ディープステート(陰謀論のひとつで、国家の意思決定に影響を及ぼす闇の政府)によって奪われた金塊がみずほ銀行にあるそうです。
ぼくは『選挙漫遊記』で〈それは初耳です!〉と書きました。しかし選挙が壊れつつある現状を踏まえるともっと書きようがあったのではないか、そんなことは有り得ないとはっきりと読者が分かる表現にすべきだったのではないか、と反省しました。
兵庫県知事選でもそうですが、デマをデマだとはっきり否定しなかった結果、不確かな情報が広がって選挙に影響を与えてしまった。
木宮さんのケースで言えば、〈それは初耳ですね。何か証拠はあるんですか〉と聞き、彼女から〈証拠はありません〉という答えを引き出すまでを書くべきだったのではないか、と。