「動画がたくさん再生=その情報は正しい」という思考

 兵庫県知事選を取材中に知り合った70代くらいの女性有権者がこんなことを話していました。

 「オールドメディアは、自分たちにとって都合のいいことばかりを言っている。選挙前はあんなに斎藤さんを叩いていたのに、選挙に入った途端にメディアは何も言わない。斎藤さんが正しいから何も言えなくなったんでしょう」

 NHK党の立花孝志さんは、元県民局長の不倫などを主張しましたが、オールドメディアは取るに足らないこととして放置したせいで、不確かな情報がどんどん拡散してしまった。

 SNSやインターネットでは不確かな情報や、明らかなデマでも面白かったり、刺激的だったりすれば、何度も何度も投稿され、拡散されていく。記者が裏をとった確かな情報が、デマに押し流されてしまう。短い選挙期間中にデマを糾していくのは限界があります。その結果、投票の参考にすべき正しい情報が有権者に届かなくなってしまった。

 オールドメディアは、これまで通り正しい情報を読者や視聴者に伝えるのが自分たちの役割だと疑いもしていなかった。SNSやネットの言説が、選挙結果を左右することはないだろうと軽視していました。しかしSNSやネットが選挙に強い影響を与えるようになり、メディアとしての役割を果たしきれなくなった。

 兵庫県知事選で出会った女性に、ぼくはこんなふうに聞いてみました。

 「オールドメディアは信じられないのに、なぜ、立花孝志さんが発信するSNSやネットの情報は信じられるのですか?」

 ぼくの問いに対する答えが「だって、ものすごく再生されているじゃないですか」。

SNSやネットを信じるしかなかった

――信じる根拠が再生回数ということですか?

 そうです。その女性に対して、ぼくはこう話してみました。

 「86人の県議全員が信任しなかったんですよ」

 「そうでしたよね……」と女性は一瞬考えたあと、こう続けました。「期日前投票で斎藤さんに投票しちゃいました」

 彼女は、周りの人と政治や選挙について話す機会はないとも言っていました。選挙期間が短いから立ち止まって冷静になる時間もない。政治について会話しないから、ほかの人の意見を聞く機会もなかった。結局、オールドメディアに不信感を持っていた彼女はSNSやネットを信じるしかなかったんです。それは彼女だけではなかったはずです。その危機感のあらわれが、日本新聞協会の声明だったのではないでしょうか。

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