
政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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李在明(イジェミョン)韓国新大統領に対して、「反日」に舵を切るのではと憂慮する声が絶えませんが、そろそろ「親日」vs.「反日」の定型化された見方から脱却すべきです。南北関係の緊張を激化させ、戒厳令を勝手に布告して国内を分断の坩堝に追いやるような指導者よりも、南北関係を平和的な現状維持に凍結させ、文民統制を徹底させて、力による「ゼロサムゲーム」ではなく、妥協による「プラスサムゲーム」の民主主義政治をリードする指導者こそ、日本にとってはプラスなはずです。
スキャンダラスな事件を抱えている李氏はクリーンな政治家とは言えませんが、彼が地方政治家から国政レベルの政党政治家に成り上がった経緯を見ると、民主政治はプラスサムゲームであり、勝者が全てを取り、敗者は全てを失うゼロサムゲームではないことは分かっているはずです。この対比は、対抗馬だった金文洙(キムムンス)氏が有力な核保有論者であり、李氏がそれを否定し、外交を含めて安保戦略を多角的、総合的に考量していることによく表れています。
韓国では、検察出身者の前大統領の尹錫悦(ユンソンニョル)氏のように、「軍事文化」に淵源する上意下達の政治文化が残存し、そうした命令と従属が習い性になった指導者がいます。そのような政治文化に抗して曲がりなりにも民主主義を定着させ、同時にそこから韓国版のニューエコノミーによって台頭した「86世代」(1980年代に学生運動を経験した60年代生まれの世代)が、李新政権を支える主要幹部に就いています。首相の金民錫(キムミンソク)氏、情報機関・国家情報院のトップに就任する北朝鮮問題の最高責任者で廬武鉉(ノムヒョン)政権時の統一部長官だった李鍾(イジョン)ソク氏、国家安保室長にはロシア大使やアメリカ駐在の経験もある魏聖洛(ウィソンラク)議員、大統領秘書室長の姜勳植(カンフンシク)氏などです。
その意味で金大中(キムデジュン)元大統領のような原則を重んじつつ、実用的な対応をする政治スタイルを取るのではないでしょうか。日本に対しては小渕恵三/金大中パートナーシップ宣言に見られるような実利的な日韓関係を模索していくことになると思います。
日韓基本条約締結から60年、日韓関係「2.0」を目指す動きが高まってほしいと思います。
※AERA 2025年6月23日号
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