
寒い、つらい、前に進みたいのに一歩も動けない――。富士山に登りに行った知人から、何度そんな愚痴めいた感想を聞いただろうか。
【写真】暗闇の中、ヘッドライトの明かりを頼りに富士山頂を目指す登山者の列





富士山の登山道は例年、山梨県側の吉田ルートは7月1日、静岡県側の3つのルート(須走・富士宮・御殿場ルート)は7月10日に開通を迎える。登山道が閉鎖される9月10日までの約2カ月が「登山シーズン」だ。去年、2024年のこの期間に富士山に登山した人は20万4316人(一部欠測あり)で、2023年比で8%減ったものの、おおむねコロナ禍前と同等の活況が続いている。
座り込む人、泣き出す人も
こうした富士山登山者の大半は、似たような行程をとる。1日目の午前中から昼過ぎに入山して山中の山小屋で仮眠し、2日目の深夜に山小屋を出発。山頂で日の出を迎え、下山する。これが長い間、富士登山のセオリーとされてきた。特に近年は夕方以降に入山して夜通し歩く「弾丸登山」の危険性が強く指摘されるようになり、昨年からは登山道の通行時間規制も導入されたことで、こうした山小屋仮眠のプランが情報サイトでも、ガイドブックでも、基本として紹介されている。
ただ、本当にこれが富士登山の「最適解」なのだろうか。私はかつて登山雑誌の専門出版社におり、仕事とプライベートを合わせて10回程度富士山に登ったことがあるが、こうした登り方は率直に言ってかなりつらい。
山小屋の出発は山頂に近い小屋でも深夜2時~3時ごろ。低い位置にある小屋なら日付が変わる前に出発することもある。仮眠できるのはほんの数時間で、それも標高が高く一度の呼吸で得られる酸素量が少なくなる富士山の山小屋では熟睡は望めない。コロナ禍以降は定員が減って多少快適になったが、以前はすし詰め状態で、窒息する夢を見て飛び起きたこともある。

歩き始めても、日の出前の真っ暗闇、ヘッドライトの明かりを頼りに登っていく。お盆や週末は同じように山頂を目指す人で大渋滞。一歩進んではしばらく立ち止まることになる。麓は盛夏でも日の出前の富士山となるとときに氷点下近くまで冷え込み、登山者をむしばんでいく。高山病を発症する人も多い。座り込む人、泣き出す人、渋滞でいらだって怒鳴り声をあげる人までいる。