「生活」には町屋さん自身の今の社会に向けられた眼差しも反映されているという(撮影:写真映像部 佐藤創紀)

 あと、小説を全く読まない人について考えたいという気持ちもあったんですよね。私はデビュー前から小説のことばかり考えていたし、今もそうで。小説を読まない人のことがわからなくなっているんですよね」

 “こうなりたい”という欲望もなく、日々をなんとなく楽しげに過ごしていた椿は、あるとき、理不尽な暴力に見舞われてしまう。理由もなく普段とは違う路線の電車に乗り、そこで被害に遭うのだが、このストーリー展開には、町屋自身の今の社会に向けられた眼差しも反映されているという。

「椿があまりにも屈託なく生きているので、“こんなに時代が厳しくなっているのに、生ぬるくないか?”と思ってしまって。いくら何でもモラトリアムすぎる、安全地帯にいすぎると感じたんでしょうね。私が小説を書きはじめた頃に比べて、今の若い人たちは“気楽に生きていけない”という感覚が強い気がして。厳しい目線に晒されているし、親の世代もお金がないですからね。そういう社会の変化は、書くものにも影響があると思います。自分自身の変化もありますが、どうしても社会に巻き込まれるので。振り返ってみると、20代前後がいちばん楽しかったですね。特にいいことはなかったけど、元気だったので(笑)。今のほうがきついし、鬱屈としています」

町屋さんは「小説家には珍しいタイプだと思うのですが、私はクラシックなものよりもコンテポラリーが好きで、服にもとても興味がある」という(撮影:写真映像部 佐藤創紀)

結婚を巡る新たな視点

 椿の母親が若い恋人を作って家を出たり、彼自身も恋人に求婚されたり、結婚(生活)にまつわるエピソードも、『生活』の読みどころ。これまでの町屋作品の主人公は10代が多く、結婚がテーマになることはほとんどなかったので、これも大きな変化と言えるだろう。

「私自身は結婚というものが好きではないですが、それに巻き込まれる人も多いし、実際のところ結婚ってどうなんだろう?と。日本文学も伝統的に結婚を扱ってきましたからね。表のテーマは違っていても、その裏に婚姻制度やパートナーとのコミュニケーション不全について書かれていたり、私の好きな第三の新人と呼ばれる作家たち(安岡章太郎、遠藤周作、吉行淳之介など)や、小島信夫さん、藤枝静男さんなども後年は夫婦関係のことを書いていて。私はやらないだろうなと思っていたんですけど、今回は物語の流れ上、結婚のヤバさについても書いてみたいなと。特に小説の後半は、“私性”を離れて、他者に目を向けている感じが強い気がしますね」

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