「みんなと同じ人間なんだ」
――何者でもない状態から何者かになるべく、音楽という武器を手に入れてバンドを組んで、いざやってみたけどなかなかうまくいかない。そのこと自体が新たなコンプレックスになっていった。
というか、僕の場合その前提がそもそも歪なんだと思います。普通の人は何者でもないところから何者かになっていくじゃないですか。たとえばミュージシャンもそうですよね。山口一郎さん(サカナクション)も最初は札幌の少年だった人が、音楽とともにサカナクションの山口一郎になって今があるわけじゃないですか。僕と同い年のミュージシャンだと椎木くん(知仁/My Hair is Bad)とか、牛丸(ありさ/yonige)とか、みんなそうなんですよ。
でも僕の場合は逆。小さい世界での話で、世の中的にはそうじゃないけど、生まれた瞬間に「古舘伊知郎の息子だよね」っていうのがあった。「何者か」というのはもうあって、しかもそれは僕自身じゃない。携帯電話のストラップみたいな感じだったんですよ。街中とか学校でもそうなんです。「古舘の息子」というだけで、自分の能力のあるなしに関わらず、注目の対象になってしまう。それがスタートだったんです。

――なるほど。
みんな、何者でもないところから自分のなりたいものになっていく。でも僕にはそもそもその「何者か」があって、それが自分の中でわけわからなくなっていったんです。だからちょっと変な感じなんですよね。
小さい頃って、みんな特別になりたいと思うじゃないですか。プロ野球選手になりたいとか。そういうのは僕もみんなと一緒なんだけどなって思いがありました。でも「芸能人の子どもってこうだよね」っていうレッテルが貼られちゃってるから、「コンビニとか行ったことないでしょ?」「駄菓子屋とか行ったことないでしょ?」ってめちゃくちゃ言われたんですよ。実際には駄菓子屋にも行ってたし、地元の野球チームにも入ってたのに。その頃から「違うんだけどな、みんなと一緒なんだけどな」っていう感覚はありました。
――だから、まずは自分にくっついているレッテルを自力で何とか剥がさないといけなかった。
そうですね。だから……特別になりたいんじゃなくて、「みんなと同じ人間なんだ」って、ずっと言いたかったのかもしれないですね。