怪我も病気もなく愛する人がいる
国保に未加入だと医療費全額自己負担になり、発覚すればペナルティがある場合もある。危うい生活にも感じるが、みつさんからは、世間で言われるような不安や不満、社会に対する怒りなどは出てこない。
「2人で生活費を出し合っているので、そこまで苦しくはないですね。怪我も病気もないし、愛する人は一緒にいるし、親もいるので、幸せだなって思います」
一体、この落ち着きはどこから出てくるのだろう。
穏やかに語る生い立ち
みつさんは、2歳のころに両親が離婚し、父と祖母から愛情をたっぷり与えられて育ったという。
「母のことは『鉄棒から落ちて、頭を強く打って死んだ』って聞かされていたんですよ。でも、葬式に出た記憶もないし、子どもながらに嘘だろうなと感じていた。そしたら、本当に生きていたんです。母は好きな人ができて、家を出て行ったみたい」
離婚後、母はその男性と再婚し、異父兄弟もいた。
「成人してから会ったんですけど、割と近くに住んでいたんです。赤ちゃんのとき以来だから、母は感激していたけど、私は親戚の人に会うような気分でしたね」
そんな話も穏やかにする。みつさんが「好き」という気持ちにまっすぐなのも、こうした母の生き方を受け入れているところから来ているのかもしれない。
ムーミンに幸せの概念はない
「私、ムーミンが好きなんですけど、ムーミン谷には、幸せという概念がないらしいんですよ。ムーミンが『幸せってなに? 今のこと?』みたいに聞くシーンがあるんですけど、その考え方って、いいなあって思う」
みつさんは唐突に言った。
いい学歴、いい仕事、いい収入──。確かに、世の中の多くの人が求めている「幸せ」は、社会から押し付けられているものかもしれない。
「例えば、勝ち組とか負け組とかいう言葉があるじゃないですか。何と戦って、何が勝ちなんだろうって思う。お金を手に入れたら勝ちなの?って。無理とはわかっているけど、お金のない世界に住みたいとは思いますね」
そこまで聞いて、私はふいに、これまでの話がすべてつながったような気がした。