
僕が死んだら昆虫標本はどうするんだ?といわれても、あとは家族にお任せしますので、好きなようにしてくださいって思っています。だって、もし僕が残してほしいとか、どこかに寄贈してほしいと望んでも、それがかえって家族の負担になるかもしれないでしょう。その後どうなったかなんて、死んでしまったら確認のしようもありません。残った人たちで決めればいいことです。
「残された家族に迷惑をかけたくないから」と、残りわずかな人生を終活やら遺言やらに費やすのは無駄なことだと僕は思っています。子は親に、親は子に、それぞれ迷惑をかけなければ生きられないのですから、あまりに「迷惑をかける」と考えすぎないことです。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。(中略)世の中にある人とすみかと、またかくの如し」
鴨長明の『方丈記』の冒頭では、このように、「すべてのものは移り変わり、とどまることはない」と述べています。大火、台風(竜巻)、大地震という当時の首都・京都で起きた天変地異のようすを描き、都の空気が死体で臭っているとか、この世が「無常」であることを淡々と書いています。30年以内に高確率で起こると言われる南海トラフ地震とか首都直下地震などの天変地異が起きたら、大切なものも無になるかもしれません。富士山が噴火したら、僕の昆虫館だって灰の中に埋もれるだけです。
現状がこのまま永遠に続くと考えるのは間違いで、自然も人生も、個人がコントロールできるものではありません。ましてや自分が死んだ後のことをコントロールするなどできるはずもないのですから、あまり考えすぎて苦しまないほうがいいと思いますね。
(構成・文/山下 隆)
ようろう・たけし/1937(昭和12)年、神奈川県生まれ。東京大学名誉教授。医学博士、解剖学者。東京大学医学部卒業。95(平成7)年、57歳で自主的に東京大学を退官。『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。毎日出版文化賞特別賞を受賞した『バカの壁』(新潮新書)は、記録的な大ベストセラーとなった。近著に『人生の壁』(新潮新書)など。2024年11月には『養老先生、がんになる』(エクスナレッジ)を上梓。肺がん治療の様子から自らの老いとの向き合い方まで語る一冊となっている。
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