
ライフワークの虫研究の拠点となっている別荘「養老山荘」(撮影/東川哲也)
たばこを吸うこと自体がストレスに
そんな僕も、肺がんと診断されてからは、いっさいたばこは口にしていません。どこの病院でもそうですが、入院中にたばこを吸うことはできません。建物内に喫煙所はありませんし、外に出て一服することもできず、僕自身もそこまでして吸いたいとは思いませんでした。医師からは、もし入院中にたばこを吸っていたら、治療を続けることはできないと、きつく言われていましたから。
ただ、たばこが吸えないと口さびしくなるものです。入院中は、好物の鳩サブレーがほしいと思ったのですが、残念ながら僕は糖尿病もあるので、砂糖とバターがたっぷり入ったクッキー系のお菓子は、家族からも禁止されていました。だから、もっぱら口さびしさを紛らわすために食べていたのは卵ボーロ。赤ん坊が食べるお菓子です。
あと、コーヒーだけは我慢できなかったので、中川医師に相談すると、コーヒーは体に良いとのことで、秘書が毎日買ってきてくれるようになりました。
退院後も、たばこは吸っていません。
たばこをやめたというと、「愛煙家の養老孟司もようやくたばこの害を認めたか」と思われるかもしれません。たばこが健康に悪いことは昔から誰でも知っていますし、先ほども言ったように、僕の肺がんはたばこも一因であることには間違いありません。ちなみに中川医師によると、たばこをやめて発がんリスクが吸わない人と同じになるまでに、20~25年かかるそうです。
だから、今やめても効果が出るのは107歳からなので、本当は禁煙する意味はあまりないんです。それでもやめたのは、ひとえにストレスです。がんになってからは家族や医師の目が一段と厳しくなり、本気で怒られます。そのうえ、今はどこに行っても吸う場所がありませんから、たばこを吸うこと自体がストレスになるのでやめているんです。
「迷惑をかけたくない」と思いすぎている
僕に万が一のことがあったとき、残された家族が一番困るのが、おそらくは膨大な昆虫標本ではないでしょうか。妻から請われて、ようやく遺言書なるものを書きました。でも、ちゃんとした遺言(公正証書遺言)なんかじゃなく、形式も適当です(笑)。