
国際政治学者として「ソフトパワー」の概念を提唱し、米クリントン政権などで対日政策に携わったジョセフ・ナイ・ハーバード大特別功労名誉教授が6日、88歳で死去した。生前は、ウクライナ問題や日本が直面している安全保障上の脅威などについて、幅広い知見から語っていた(朝日新書「民主主義の危機/AI・戦争・災害・パンデミックーー世界の知性が語る地球規模の未来予測」から、ジョセフ・ナイ氏のインタビューを抜粋)。
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「ロシア帝国の事実上の復興」
なぜ、ロシアはウクライナ侵攻を始めたのか。
そもそもプーチンが「ウクライナはロシアとは別の国」との考えを受け入れることはないのです。彼は「ルースキー・ミール(ロシア世界、またはルーシ世界)」という思想を持っています。ロシア語を話し、ロシア正教を信仰する領域を独自の文明圏とみなすという概念で、キエフ・ルーシ公国と同一の起源を持つと考えるため、ウクライナをロシアの一部と考えています。このため、現在、ルースキー・ミールの立場をとらないウクライナを破壊するしかないとプーチンは思っているのです。この戦争について彼は「ロシア帝国の事実上の復興」と見ているのかもしれません。
2023年4月26 日に、ウクライナのゼレンスキー大統領と中国の習近平・国家主席が電話会談を行いました。中国は、事実上の同盟国であるロシアを支援すると同時に、ヨーロッパを敵に回し過ぎないようにしてきました。というのも、ヨーロッパは中国の政治的に狡猾なやり方にうんざりしています。中国は和平を提案することで、そのように認識されている立場を変えようとしているのでしょう。ただし、中国側からの提案を見るとあまり現実的な内容とは言えないので、今後もう少し現実的な提案を出してくることも考えられます。
いずれにしろゼレンスキーが望んでいるのは、この戦争が中国にとってプラスにならないよう注意しながら、ロシアの同盟国にプレッシャーをかけることかもしれません。
西側は本気でウクライナを再建するか
ロシアとの長引く戦いによって、ウクライナ経済は悪化し、都市基盤の多くが破壊されています。この戦争が終わったとき、西側諸国がウクライナ再建を本気で支援するかどうか、ゼレンスキーは見極めなければなりません。
仮に停戦が実現したとしても安全保障の問題は残ります。というのも、プーチンは停戦の1、2年後にまたウクライナに侵攻するかもしれないからです。そうさせないためには何が必要か。各国政府や企業がウクライナに入って経済再建を支援する前に、ウクライナの安全を再確認するには対策が必要です。それはゼレンスキーにとって相当困難な仕事になるでしょう。