民主主義の理念というソフトパワー
「ソフトパワー」という概念を私が発表して30年余りが経ちます。(原題“Bound to lead :the changing nature of American power”, 邦訳『不滅の大国アメリカ』1990年)。
国際政治において軍事力や経済力によって他国を動かすのが「ハードパワー」であるのに対し、理念や文化によって魅了することで自分の望む方向に相手を動かす力が「ソフトパワー」です。民主主義の理念というアメリカのソフトパワーが、ソ連を崩壊に導いたと考えたのです。
アメリカのソフトパワーは、ドナルド・トランプの出現によって傷つけられました。他国の人にとって、アメリカが魅力的な国であると感じるかどうか世論調査の結果を見ると、子ブッシュ政権の下ではイラク侵攻がアメリカを魅力のない国にしました。オバマ政権に代わるとアメリカが以前より魅力的な国になったことがわかります。そしてトランプ政権になると、再びアメリカは魅力を失います。バイデンがトランプに代わると、また魅力を取り戻しました。この調査からわかるように、政権の性質がその国のソフトパワーに影響することがわかります。ソフトパワーというのは政府や政府の政策だけではなく、その国の市民社会や文化にも関係していることは確かです。
限界ある中国のソフトパワー
では、中国のソフトパワーとは何でしょうか。
2007年以来、中国はソフトパワー強化に投資する意思があると表明しました。中国が抱えている問題は、アジア地域を見ればわかるように、近隣諸国と領土をめぐって対立関係にあることです。ヒマラヤ山脈地域の国境でインド軍と衝突していれば、インドにおけるソフトパワーを強化することは非常に難しいでしょう。
中国がソフトパワーで抱えるもう一つの問題は、共産党が市民社会をますますコントロールすると主張していることです。中国の体制に批判的な姿勢で知られる中国出身の現代美術家・艾未未(アイウェイウェイ)氏のような魅力的なアーティストが出てくると、当局に軟禁されたりします。そういう行為は、オーストラリア、日本、ヨーロッパにおける中国のソフトパワーを傷つけます。
このように中国のソフトパワーには限界があります。世論調査をみると、アフリカ以外のすべての大陸で、中国よりもアメリカの方が魅力的な国であると思われていることがわかります。アフリカでは中国とアメリカは引き分けになる傾向があります。
日本のソフトパワーは上昇していると思います。日本には伝統文化があるだけでなく、アニメやゲームといった現代のポップカルチャーも大変人気があります。その意味で、日本の魅力は増していると思います。それに加えて、日本は政治的に見て成功した民主主義国家です。日本における生活の質を見ても、非常に優れた場所です。
JICA(国際協力機構)のような開発途上地域などへの経済・社会発展を援助する活動もすばらしいと思います。そういう援助プログラムは貧困国にとっては大歓迎されますし、日本を魅力的な国にしています。今もソフトパワーは非常に重要だと思います。