回復するまでの間休載に
2023年の年末、病気による体調不良のため連載を続けるのが難しい、と事務所から相談があった。最後のゲストとなった直木賞作家の小川哲さんとはオンラインで対談できたものの、恒例の振り返りエッセイは書けない状況だった。誌面には、「大宮エリーさんの体調不良のため、次週以降、回復までの間休載いたします」と掲載し、ご本人には、「エリーさんが連載再開できる日まで待っています」と伝えた。
約半年後、少し体調が回復したエリーさんから届いたLINEには、「かなり試練、乗り越えました。つらい治療も、待ってます、と言ってくれたのを励みにがんばりました」と書いてあった。
連載をまとめた本は、予定より1年遅れての出版となった。発売日前後に、著者としてイベント出演やインタビューなどを相談していたがどれも難しくなった。その代わりに、対談ゲストのみなさんが、ホームページやSNSなどで本の発売告知に協力してくださった。エリーさんの人徳だと感じた。
画家としても、脚本家・映画監督としてもマルチな才能を発揮した人だった。
監督・脚本を務めたVR映画「周波数」は、2023年の第80回ベネチア国際映画祭エクステンデッドリアリティ(XR)部門にノミネートされた。学校の教室を舞台にした作品で、生きづらさを抱える主人公と一緒に、周波数をキーワードに世界の見え方が変わっていく様子を体験できるVR作品だ。大阪出身で、小学校から東京に引っ越し、いじめられた経験を持つエリーさんの自伝的作品で、優しい視点と温もりを感じた。VRということで鑑賞できる機会が限られるのだが、エリーさんが「たくさんの子どもたちに見てもらいたい」と願っていた作品だ。
代わりを頼まれ、画家の道に
絵を始めたのは、2012年。エリーさんによると、「困っている人を放っておけなかったから」だという。ライブペインティングに出演を予定していた画家の代わりを頼まれ、初めて本格的に絵を描いた。
最後の個展となってしまった、昨年11~12月の京都・妙心寺山内にある「桂春院」での個展。襖(ふすま)絵は初めてだというエリーさんが計24枚の襖を使って描き上げた新作が並んでいた。開幕翌日に、私が始発の新幹線で東京から桂春院へ出向くと、エリーさんも滞在中の京都市内のホテルからタクシーで来てくれることになった。ただ、病気のため午前中は起き上がるまで時間がかかるといい、エリーさんが到着したのはお昼前だった。個展は体調が万全でも準備が大変だろうに、体調不良のなか、これほどの大作を何枚も描き上げたのかと芸術家としての執念を感じた。
約400年前に描かれた、襖4面にわたる狩野山雪の老松と月の絵、「金碧松三日月図」の隣の間には、エリーさんが襖8面にわたって描いた“ダンシング松”が展示されていた。幹を体に、左右に伸びる枝を腕に見立てて、手のような松の葉が上下した絵は、生き生きとした筆致でいまにも動き出しそうな愉快さがあって、その絵を見ながら二人で笑ったことは忘れない。