
その理由を、新潟青陵大学の碓井真史教授(社会心理学)はこう語る。
「ここ20~30年、日本人は察し合い、譲り合いが下手になりました」
経済的に豊かになるにつれ、地域で協力して田植えをすることも、町内会の集いも減ってきた。スマホが一つあれば、仕事も買い物も一人でできるようになった。つまり、人と譲り合う機会が少なくなってきたということだ。
いまは、強制的に譲り合っているのだという。電車やバスは、座席の中ほどにポールを立て、一人分の座席をくぼみで示すようになった。
他にも、図書館の机は、6人ほどが共有する大きさだったが、最近は一人用で間仕切りのある机が増えた。カラオケはスナックで赤の他人と歌うより、仲間内でボックスに集まるのが主流になった。
「社会が個室化しています。それに伴い、日本人の縄張り意識が拡大しました」
縄張り意識が、人との距離感を広げた。
「ここは自分が買った席だから自由にしていい」「自分だけの個室だ」と自分勝手に振る舞うのも、縄張り意識が強いからだという。さらに、人とのあいだに間仕切りがあるのが当たり前だったコロナ禍の影響で、縄張り意識の拡大に拍車がかかったと碓井教授は分析する。
「でも、新幹線のひじ掛けだけは変わらずにきました。だから、ルールがなくあいまいなのです」
新幹線のひじ掛けは、いまは数少なくなった「初対面の人との交流の場」「自主的に譲り合える場所」と捉えることもできる。とはいえ、初対面の人との交流はハードルが高いが……。
「ちょっと会釈するだけで違います」と碓井教授は言う。
隣の人に「すみません」と声をかけて座ったり、ちょっと会釈したり、棚に荷物を載せるときに声をかけたりすることが、「あなたを認識しています」というメッセージになる。結果、ひじ掛けにひじをドンと置かれるようなトラブルの防止にもなり得るのだという。
「声をかけられないときもあるでしょうが、エレベーターでの沈黙と同じで、声をかけると、意外と気が楽になることもありますよ」(碓井教授)
ひじ掛けをどう使うか試されている気がする。