
拳で壁に穴を開け血を流した跡も…
「小学校から『授業中にずっと寝ているんですけど大丈夫ですか?』と連絡が来ました。夜中まで勉強していたわけではなく、睡眠不足ではなかったはずなので、次男に確認しましたが『眠かったから』としか言いませんでした。今考えると、ストレスを抱えて無気力になっていたのかもしれません」
その後、母親は部屋に見慣れない風景ポスターが貼られていることに気づく。ポスターをめくると、拳で壁に穴を開けた跡があった。血を流した痕跡もあり、ポスターはその穴を隠すために貼られていた。
「本当にショックでした。ここまで追い詰められていたのかと……。夫に相談すると『本人が乗り気じゃないのに、無理に中学受験をさせてなんの価値があるんだ?』と言われ、正気に戻りました。私は次男にも勉強の才能があるはずだからとハッパを掛けるつもりで長男と比べていたのですが、完全に間違っていました」
14歳になった次男は、休日になると父親と一緒に映画を見て感想を語り合っている。将来は映画業界で働くことに興味があり、日大芸術学部に進学したいと話しているという。
教育虐待のような事態を引き起こさないために、中学受験に臨む家庭の親が心がけるべきことは何か。前出の和田氏はこう語る。
「よく子どもを観察することです。観察しないと異変に気づけません。そのためにはコミュニケーションを取り続けることが重要です。中学受験に向いている子、向いていない子がいます。それは勉強ができる、できないという問題ではありません。第1志望の中学に受かって『勝ち組』と思われる子でも、中学では成績が下の方になり、自己肯定感が下がってしまう子もいます」
そして「中学受験だけがすべてではありません」と強調する。
「高校受験に向けて早めに準備するという選択肢もあります。中学受験に向いていないなら小4の時に公立中の教科書に載っている中1の数学、中1の英語を解くことをお勧めします。難関中を目指す受験勉強より簡単です。小5の時は中2、小6の時は中3の問題を解けば、高校受験に向けて大きなアドバンテージになります」(和田氏)
中学受験はゴールではなく、選択肢の一つに過ぎない。子どもを追い詰めないためには、まずは親自身が人生を長い目で見られることが大切だろう。
(平尾類)