
人気作家が「娘の中学受験」で得た気づき
早見さん自身、中学受験の経験者だ。自身の娘もまた、数年前に中学受験を終えた。
これまであまたの「家族の物語」を描き名作を生み出してきた早見さんが、今回、中学受験をモチーフの一つにしたのはなぜか。
「小学6年生という、何も定まっていない時期に受験に挑んでいったという経験を、僕自身がものすごくプラスに捉えていました」
そう早見さんは言う。
「そして親となり、娘の中学受験と向き合ったときも同じように捉えることができました。とことん否定的に、ネガティブな側面だけを描くこともできたのかもしれませんが、自分自身のそうした経験があったからこそ、あえて否定するようなものを書く必要はないな、という気持ちがありました」
早見さんが通っていた私立の中高一貫校には、第1志望として入学した生徒もいれば、思い描いていた結果を手にできず、第2、第3志望として進学してきている生徒もいた。だが、彼らがいつまでも負の感情を引きずっていたか、というと決してそうではなかった。
「小6の時に悔しい思いをした仲間たちは、そうした経験が確実に6年後の受験へのバネになっていました。『勝とうが負けようが、捉え方次第』ということは、彼らの姿を見ながら僕自身が学んだことです。そんなふうに感じられる出来事を人生のなかで経験できたことは自分にとってもプラスだったな、と今も感じています」
物語のなかで、十和は自ら志望校を決めた日を境に“ゾーン”に入る。勉強への意識が180度変わり、自ら進んで机に向かうようになると、そんな姿勢と並行するように成績も上向きになっていく。そうした変化を十和自身も楽しみ、ポジティブな空気は周囲にも伝播していく。
「ただただ苦しんでいる子どもたちを描くよりも、『ハマったら楽しいぜ』という感覚を提示したい、という気持ちがありました」
父親として娘の受験と向き合った早見さん自身、受験直前の1カ月間は、いつも以上に食卓で娘と軽口をたたき合い、不思議と笑いに満ちた日々だったという。本番直前になっても娘に悲壮感はなく、ともに過ごしてきた12年間で、あんなにも大笑いした期間はなかったかもしれない、と振り返る。それは、「第1志望に手が届かなくとも、通うことになった先で楽しめたらいい」という思いが娘に伝わっていたからではないか、と早見さんは考える。