
「辞めたい」とは一言も言わなかった
「一大事が起こる瞬間にこそ、家族が『家族』にならざるを得ない瞬間が訪れる、と僕は思っています。入試を迎えるまでの短い時間ではありましたが、僕自身、『いまは家族になり得ている』と感じられる瞬間に立ち合うことができました」
実際、中学受験ではさまざまな困難がありながらも、終わってみれば「やってよかった」と語る親子は決して少なくない。
私立の中高一貫校に通う高校1年の長女がいる女性はこう振り返る。
「中学受験を始めるまで、長女は率先して手を挙げるタイプではなかったのですが、小学校の授業参観に行くと、授業で積極的に手を挙げている姿に驚きました。勉強自体の面白さも知り、積極性が増したように見えました。塾の勉強は全体的に進度が速いため、小学校での成績も全体的に上がり、『自信』となっていったのだと思います」
長女は小学校低学年のうちに女子校の存在を知り、「共学ではなく女子校に進んでみたい」と言い出したことが受験のきっかけだった。中学受験塾を選ぶ際も、いくつもの塾に足を運び、授業やカリキュラムが面白いと感じた塾を自ら選んだ。早い段階から文化祭巡りを始め、「元気が良くて個性的で面白い」という生徒たちの雰囲気を基準に志望校も自分で選んだ。
とはいえ、もちろん勉強は過酷なときもあった。
6年生の夏休み明け。朝早くから夜遅くまでを塾で過ごし、ほとんど休憩もとらずに勉強に向かう娘の姿を見ていると、母親の方が「大人でもここまで長時間集中して仕事をするのは難しい」と心配になり、「ここまでやってダメだったらどうしよう」という不安感に襲われた。当時はコロナ禍で、マスク着用が義務づけられ、塾の教室内にもアクリル板が設置されていた。ありとあらゆることに敏感にならざるを得ない状況で、「親として、こんな経験をさせていいのだろうか」という気持ちにもなった。
12月になると、周囲の子どもたちも目の色を変えて勉強を始めるため、成績も伸び悩み、かける言葉も見つからなかった。だが、本人からは「辞めたい」という言葉は一度もなかった。
「それは目標が明確だったからなのかな、と思います」