
NPO法人キーアセット代表、渡邊守。親元で暮らせない子どもを里親とつなぎ、里親の研修や支援活動をしているキーアセット。渡邊守が代表をつとめる。渡邊の母は里親として命を削るように子どもを育てた。渡邊自身もまた、里親になった。実感したのは、里親の孤独だった。孤立する里親を支援し、もっと里親を増やしたいと、持てる力を尽くす。
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この国には現在、親元で暮らせない子どもが約4万2千人いる。広く知られるようになった虐待だけでなく、親の病気や家出、離婚など理由は様々だ。日本ではこの子どもたちの8割が乳児院や児童養護施設などの施設で暮らすが、一部は一般の家庭に迎え入れられて養育されている。里親養育と呼ばれる形だ。子どもたちがより家庭に近い環境で暮らせることが必要だとして、国は現在、里親委託を進めている。
渡邊守(わたなべまもる・53)が母親から「里親になろうと思うんだけど、どう思う?」と聞かれたのは大学に入学する直前だった。「我が子でもこんなんなのに」と強く反対した。母みよは愛情深い人ではあったが、「感覚として『この人は里親をやったらあかん』と感じた」。しかしみよは息子の反対を押し切って里親になり、渡邊はのちに苦しむ母の姿を目にすることになる。自身も里親の世界に深く関わるきっかけになった出来事だった。
渡邊が代表を務める「特定非営利活動法人キーアセット」(東大阪市)が行っているのは里親のリクルートや研修、そして実際に里親として登録した人を支援する活動だ。事務所は大阪や東京、福岡など全国6カ所にあり、2024年度は複数自治体から事業を受託したほか、一部事業には日本財団から助成金を受けた。講師として招かれることも多い。昨年12月、名古屋市で開かれた里親支援に関わる人材育成講座に登壇した渡邊は受講生たちに語りかけた。
「星の数ほどある生き方のひとつとして、里親という生き方を選んでもらう仕掛けを作らないといけない」

病でも「この子を離さない」 身を削り里親続けた母
1971年、北海道で生まれた。父親は牧師で、教団から派遣されて各地を転々とする生活だった。2歳で静岡に引っ越し、その後は千葉、沖縄へ。母もクリスチャンで、両親はDV被害を受けた女性を教会でシェルターのように受け入れていたこともあった。
千葉にいた時にひどいいじめを受け、どうしたら周囲に受け入れられるかを常に考えるようになった。姉2人の観察を通して叱られない行動も身につけた。「すごくひねくれた子どもで、『大人なんて朝飯前や』と思っていた」。心の中にはどろどろしたものを抱えているのに、外から見たら「良い子」。そんな息子を母は溺愛した。だからこそ、母が里親になることには反対だった。母のもとでは「良い子」を強いられるのではないかと感じたからだ。