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ホラー漫画家・伊藤潤二。彼が生み出す恐怖は世界の人々を惹きつけ、さまざまなコラボレーションにより日々増殖している。なぜこんな現象が起こるのか。AERA 2025年2月24日号より。
【写真】富江の苛烈なキーホルダー「あなた ご自分の顔を鏡で見たことがないの?」
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2024年7月某日、朝9時20分。開場前の世田谷文学館(東京都世田谷区)に長い列ができていた。ホラー漫画家・伊藤潤二の国内初の大規模個展「伊藤潤二展 誘惑」。約600点の自筆原画やイラスト、展覧会オリジナルグッズがひしめく会場に約4カ月で海外からの来場者を含む大勢が詰めかけた。
「実は1995年の世田谷文学館の開館以来、過去最高の入場者数だったそうです。そのうち3割ほどは海外の方で、アジア各地や欧米、南米からもいらしていました」
そう話すのは文学館とともに展覧会を企画した朝日新聞社文化事業2部の中山百萌さん(41)だ。これまでにも数々の漫画展覧会を担当してきたが、今回は異例ずくめだったという。
「漫画展はその漫画のファンが来てくださることが多いのですが、今回は『伊藤潤二作品を読んだことがない』という方にも楽しんでもらうことがコンセプト。SNSでビジュアルのインパクトに触れて来場し、作品のファンになった、という方も多くいらっしゃいました」
海外からの「逆輸入」感
加えて狙ったのは「逆輸入」感だ。
「伊藤先生の作品は海外での人気が本当に高いんです。そのすごさをあらためて日本に紹介し、新たな発見をしてもらいたいという思いも込めました」
87年に「富江」でデビューした伊藤潤二さんの作品はいま30を超える国と地域で販売されている。コミック界のアカデミー賞と言われるアイズナー賞を4度受賞。23年にはフランスのアングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を受賞している。伊藤さんは「まさか自分の作品が世界に広がるとは」と謙虚だが、いまや世界中のイベントに引っ張りだこだ。こんな経験もあったと伊藤さんは笑って話す。
「19年にアルゼンチンコミコンでトークショーをしたのですが、終わり近くにサッカーの試合でよく聞く『♪オーレ、オレオレオレー!』の大合唱が始まってびっくりしました。また、23年のブラジルのコミコンでは空港で職員の方が『サインして』と本を出してきたり(笑)。南米の方は情熱的なんですね」
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