まず、長ったらしい敬語の接客用語がうまく言えない。「(商品を)お預かりします」「ポイントカードをお持ちですか?」「○○円になります/でございます」「○○円お預かりします」「○○円のお返しです」「レジ袋はご利用ですか?/袋にお入れしましょうか?」「かしこまりました」「ありがとうございました」「またお越しくださいませ」――なんの変哲もないこれらの文を、私は文法的に理解できるし、自分で作ることもできるが、それをテンポよく言えるかとなると別問題である。
落ち着いた雰囲気の喫茶店やレストランならいざ知らず、コンビニの接客はとにかく効率が大事だ。日本人の店員を見るとみんな喋(しゃべ)るのが速くてなめらかで、平均して一文一秒しかかからない。私はそんなスピードで喋ろうとするとろれつが回らず、うまくいかないことが多い。
例えば「お預かりします」という文は八音節(正確には八モーラ)で、しかも最初の二音「お・あ」はともに母音なので言いづらい。これを「オアズカリシマスッ!」というふうに一秒以内で言おうとすると、しょっちゅう嚙(か)んでしまう。同じように「かしこまりました」は八音節で、「ありがとうございました」となると十一音節だが、これもみんな一秒以内で言えている。一体なんでそんなに速く舌を動かせるか謎だが、自分もそれくらいできるようにならなければ、というプレッシャーを感じた。手を動かして商品のバーコードをスキャンしたりお釣りを受け取ったりしながら喋ろうとすると、これはもっと難しい。手元の作業に集中しながら、頭で文を組み立てて舌に乗せ、発音とスピードに気を配りながら声に出す。うまくいく時もあるが、緊張すると何が何だか分からなくなり、「○○円のお返しです」を言おうとして「○○円になります」と間違えて言ってしまうこともよくあった。
外国人なのだからそこまで早口で喋れなくてもいい、ゆっくりでも一言一言丁寧に伝えるのが大事だという考え方もあるが、私のプライドが許さなかった。こと日本語に関しては、日本人にできるようなことなら自分にできなくていい道理はないと、そう思っていた。
接客用語は所詮定型文で、毎日繰り返しているうちに自然と口が馴染(なじ)み、速く言えるようになった。ところがお客さんの言葉を聞き取ることとなると、これはまた別の難しさがあった。