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芥川賞作家の李琴峰(り・ことみ)さんのエッセイ集『日本語からの祝福、日本語への祝福』(朝日新聞出版)が2025年2月21日に発売されました。
台湾で生まれ、15歳までは「あいうえお」も知らなかった著者は、六年間で日本語を猛勉強し、日本の大学に通うに至りましたが、待っていたのは、さらなる試練。
本書では、コンビニバイト時代の苦悩、そして、そこで直に感じた日本語の不可思議さを克明に告白しています。
刊行を記念して、李さんのコンビニ奮闘記を、本書から一部抜粋・再編集して特別に掲載します。
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コンビニの仕事は、最初は挫折の連続だった。万屋(よろずや)と張り合えるくらい多岐にわたる業務内容を覚えるのがとにかく大変で、慣れるのに時間がかかった。服装(制服はネクタイ着用だが、ネクタイなんてしたことがない)やレジ操作、接客用語、品出し、レシートロールの替え方、袋詰め、ポイントカード、キャッシュレス決済(今ほど多くはないが、それでも何種類かあった)、宅配便、公共料金の集金、中華まん、コーヒーマシン、フライヤー、おでん、レジ点検、掃除とゴミ出し、廃棄登録、戸締まりなど、すべてゼロから覚えなければならなかった。学内のコンビニなので煙草(タバコ)を売っていないのが幸いだった。でなければ吸いもしない煙草の銘柄まで覚える羽目になる。
業務内容もさることながら、言語的挫折が特にこたえた。すでに「指数関数的成長期」を経験し、日本語能力試験の最上級に高得点で合格していた私は、自分の日本語力にはそれなりに自信があったが、そんな自信は最初の数日間で音を立てて崩れてしまった。