就職氷河期に編集者を目指し、謎の男尊女卑や過労死職場をくぐり抜け、6回目の転職で「書籍編集者」という夢を掴んだ雪乃さん(40代後半/仮名)。現在も激務で就労時間は月260時間だ。
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「なんかね、私はライブとかコンサートとか、そういうのが苦手なんですよね」
話は、唐突に変わった。
「私がライブに行くのって、『今』を楽しむためではなくて、記憶を温存した後に反芻するためだけに行ってるんですよ」
そう言われてもよくわからない。私が困惑していると、雪乃さんはより細かい説明を始めた。
「みんな結構、『今』に集中しているじゃないですか。ライブって、『今そこにいること』を一番突き付けられる場所な気がするんですよ。他のみんなは、明らかに今と一致して見えるのに、私一人だけ、魂がフワーッと俯瞰していって、あれあれあれ?って感じで今の自分と分離してしまう。普段もそうなんですけど、ライブは特に分離してしまう自分を自覚しやすいというか。私は、『今』と相性が悪かったんだなってことを、実感させられるんです」
つまり、自分自身は「今起きていること」をリアルタイムでは楽しめないということだ。それでも雪乃さんはライブへ行く。
「『今』をいっぱい過ごしてきて、過去の記憶になっていくと楽しめるんです。『あのとき、私はそこにいた』みたいな。だから、未来の自分にプレゼントするためにしか行けないんですよ、そういうところって」
名づけるなら、時間同一性障害のようなものか。これは、本人にとっては、決して好ましい状態ではないらしい。
「今起きていることと、感情を一致させられる人がうらやましい。でも、それができる人のほうがきっと多いんですよね?」
確認するように言うのだった。
PTSD的なところが家族にある
話は、自然と家族のことへ移った。
「やっぱりPTSD的なところが、家族関係にもあるんですよね。私の父は、とても変わり者で性格の悪い男だったんです」
雪乃さんの両親は、どちらも九州出身である。
父親は、近所でも有名な貧乏一家に生まれ、小学生のころからアルバイトをして家計を助けていた。成績優秀で、地元の国立大学にすんなり合格したが、親から進学を反対され、高卒で就職することになったという。
「父は、自分より賢くない人間が、大卒で就職していることに恨みを持って生きてきたんですね」