「あなたは父親が産んだんだ」

 一方の母は、超エリートの父親がいる家庭で育った。だが、その父は、頑固で男尊女卑が強く、妻を虐げていたらしい。一家は、その父を育てた姑の帝国で、嫁イビリも激しかった。雪乃さんの母は、そうしたいびつな家から脱出するために、「手近な」父と結婚したのだという。

 雪乃さんはため息をつきながら言う。

「適齢期で結婚して、2人の子どもを産んで、典型的な家族を作ったんですよ」

 夫婦は、すぐに上手くいかなくなったようだ。

「母は、父のことが本当に嫌いで、ずっと『離婚したい』と言っていました。兄は、容姿も中身も母に似ていて母から可愛がられていたけれど、私は父と似ていたから『あなたは父親が産んだんだ、私は産んでいない』って言われていました」

 父を嫌いなのは雪乃さんも同じだったが、好きな母からも否定された。一方の兄は、母との関係は極めて良好で、雪乃さんはうらやましく感じていたという。

学校の先生になるために生まれてきた

 母の口癖は、「私が公務員だったら、稼ぎもあって離婚できるのに」だった。小学生時代からその言葉を聞き続けた雪乃さんは、身近な公務員として教師を思い浮かべるようになった。

「気がついたら、私の将来の夢は学校の先生だったんです。あのころは、『私は学校の先生になるために生まれてきたんだ』ぐらいに思っていた。そのためには、教員免許が必要で、大学に行かなきゃっていうことに気がついたんです」

 だが、大卒に対し恨みを持っている父親は、子どもたちに自分と同じように大学へ行かず働くことを命じていた。雪乃さんは父の反対を押し切り、一波乱ありながらもなんとか説得して地元九州の大学に進学することに成功した。

「だけど、夢が近づいた瞬間、自分が教師になりたいわけじゃないって気づいてしまったんです。結局、私は『教師になるために生まれてきた』と思い込むことで、嫌いな父と似ていることからも、そのせいで母から否定されることからも、自分を守ることができたんですね」

 自分でかけた「洗脳」が、入学を機に解けてしまったのだという。

「一気に足場がなくなって、あっという間にうつ病になっちゃいました」

 入学早々、雪乃さんは無気力になり、大学へ通えなくなった。親に内緒で病院へ通い、根性で試験を受けていた。言葉にすると簡単だが、このころの雪乃さんは、死に物狂いだったようだ。

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