働く人の物語が多いのも自身の経験からだ。新卒で入った会社でパワハラを経験し、土木関係の会社に転職。祖母の死をきっかけに「命には限りがある」と一念発起し小説を書き始めた。作家になってからも7年半、兼業を続けた。

「会社帰りにエッセイを書いて、家で小説を書いて、4時間寝て、また会社に行って、という生活でした。若かったからできましたが(笑)。いま会社員時代を懐かしく思っている気がします。会社には自分と全然違うカテゴリーの人がいっぱいいる。バイト先の年の離れたパートさんが意外と思いもよらないような答えを持っていたりするんです」

 ほどよく無関心でユニークな人々と働いた日々は、いまも創作の糧になっている。

「今回の登場人物たちはみな自分が選んだわけじゃなく、なんとなく目の前に来た人と出会い、ちょっと関わってみる。そのことによってなんとなく人生が悪くない方向に進みます。SNS時代のいま、多くの人が自分の選んだ情報だけを見てそれに固執している気がします。そうではなく目の前を通り過ぎていくものをパッと掴んでみてもいいんじゃないか。そんなことを書きたかったんだと思います」

(フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2024年12月9日号

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