つむら・きくこ/1978年、大阪府出身。2005年に「マンイーター」(後に『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞しデビュー。09年に「ポトスライムの舟」で第140回芥川賞受賞。23年『水車小屋のネネ』で谷崎潤一郎賞受賞(写真/写真映像部・佐藤創紀)
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 AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

【写真】津村記久子の短編小説集『うそコンシェルジュ』

 「林本君は、うそが得意だったよね?」──ひょんなことからうそで人助けを請け負うようになったみのり、職場にも家庭にも疲れ切った倉田さん、52歳の誕生日をひとり静かに祝う佐江子さん──。日常のなかにあるさざなみを繊細にすくい取り、どこかにきっと「私」を見つけられる11編の物語『うそコンシェルジュ』。著者の津村記久子さんに同書にかける思いを聞いた。

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 会う約束をしている相手がSNSで「ホントはその日、推しのロケを見に行きたい」と愚痴っているのを見てしまったら? 苦手な人が参加する飲み会からどう逃れる? 津村記久子さん(46)の新刊『うそコンシェルジュ』の表題作は、困り事を「うそ」で助けるみのりが主人公だ。

「みのりはうそがうまいけれどうそが好きなわけじゃない。ただものすごく慎重に誠実に作話して、真剣に真摯にうそをつくから、それが成功して人助けになるんです。小説とは基本うそをつくことで、私もつくなら真剣につく。そこはみのりと似ているかもしれません。それに日々『もういっそ、うそをついてくれよ!』という状況ってありますよね」

 津村さんはそう言って笑う。

 みのりはうそを完遂するためのストーリーを考え、役を振り、実行する。うそが成功するかのスリルや滑稽さが笑いを誘い、現実味がときにチクリと胸を刺す。表題作を含む11編の主人公はいずれも大勢になじめない人々だ。「第三の悪癖」の「私」は自己嫌悪を暴走させ、「居残りの彼女」の小学4年生・さなえは女子グループからなんとなく外されてしまう。

「私自身、子ども時代からずっと疎外感みたいなものを持っていたんですよね。さなえのように子どもの世界特有の排除構造のボーダーにひっかかりやすかった」

『うそコンシェルジュ』(1980円〈税込み〉/新潮社)「林本君は、うそが得意だったよね?」──ひょんなことからうそで人助けを請け負うようになったみのり、職場にも家庭にも疲れ切った倉田さん、52歳の誕生日をひとり静かに祝う佐江子さん──。日常のなかにあるさざなみを繊細にすくい取り、どこかにきっと「私」を見つけられる11編の物語

 それでも人は誰かと出会う。「私」は会社の裏でこっそり皿を割って発散している他部署の中山さんに、さなえは算数の補習で6年生の堀内さんに出会うのだ。

「『自分は誰とも合わない』と諦めることはないと思うんです。どんな集団の中でも誰かはマシだったりしますから」

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会社には自分と全然違うカテゴリーの人がいっぱいいる