クマに無防備だった入植者
道内では当時、クマによる人身被害が後を絶たなかった。それはなぜなのか。
門崎さんは、
「北海道はヒグマを害獣に指定していたにもかかわらず、住民に対してはクマ対策をまったく行っておらず、無防備だったんですよ」
と指摘する。
一方、役人らには「クマよけラッパ」が支給されていた。それは人の存在をクマに伝えるもので、豆腐屋のラッパのような甲高い音が鳴り響くものだ。ところが、開拓民に対してはクマよけラッパを支給することも、使用の奨励もしなかった。
一方、昔から北海道に暮らしてきたアイヌは、外出する際は「タシロ」と呼ばれる鉈(なた)と、「マキリ」という小刀を腰の左右に身につけていた。
「クマは人を攻撃する際、抱きついて頭をかじったり、爪で引っかいたりします。そのとき、どちらかの手が使えれば、タシロかマキリを突き刺せます。アイヌはクマに痛みを感じさせることで撃退できることを、経験的に知っていたんです」
最近の事例では、今年10月に道南の大千軒岳を登山中の消防士がクマに襲われた際、ナイフで目の周囲や首を突き刺すと、クマは逃げ出したという。
しかし、そのようなアイヌが培ってきたクマ対策は、開拓民に活かされなかった。
さらに両事件では、クマは容易に家屋に侵入している。
当時は、家屋の窓や戸口の下に、くぎがたくさん突き出た板を置くといった侵入対策があったが、開拓民のどの家も無防備だった。
門崎さんは、ヒグマはライオンやトラと同じ食肉目に属する猛獣であることを強調する。
「行政はそれを踏まえたうえで、入植者にクマ対策を周知すべきでした。ところがそのような教育がまったく行われず、本州からやってきた人々をクマの生息域に送り込んだわけです。その結果、多くの犠牲者が出ました。なので、人災の側面が大きいと感じています」
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)