(illustration:土井ラブ平)

重病マウントで優越感

 安物自慢にせよ、貧乏マウントにせよ、いわば低みから誇ってみせる、というのはいっけん矛盾した現象のように見えるが、じつは同様の形態は他にもある、と井上所長は指摘する。

 例えば、病院でのこんな会話。

「あなた、何の病気?」

「肝硬変です」

「そう。私は肝臓がんです」

 このやりとりも捉えようによっては、肝臓がんの患者が「自分のほうが重病だ」と、肝硬変の患者にマウントを取っているようにも受け止められる。「重病マウント」とでも言おうか。

「重い病気の人は、自分より軽い病で悩んでいる人を見ると腹が立つ、ということがあります。そのため、『自分の方が重篤だ』と優越感を持とうとするのだろうと思います」(井上所長)

 熱烈な阪神タイガースファンで知られる井上所長にも思い当たる節があるという。

「阪神タイガースの暗黒時代に、私の応援するチームがどれだけひどい状態にあるのか、他のチームのひいき筋に自慢していたことはありました。そういう自慢はありうるんだと思います」

相手に親しみの感情が

 その上で、「安物自慢」について井上所長はこう解説する。

「安いものを買うのは、賢い買い物をしているという知恵自慢にはなり得ますよね。その意味ではマウントを取っているという範疇(はんちゅう)に入るのかな。無駄遣いしているあなたよりも、私のほうが賢いよと」

 そう言われると、冒頭のマダムの夫のケースも妻に対する「マウント」行為に当たる。しかし、マダムは夫に「貧乏マウント」されたことで真剣に傷ついたふうでもなかった。分かれ目は「親しみ」の有無だ、と井上所長は指摘する。マウントの語源とも考えられる霊長類の「マウンティング」がまさにそれに当たる。

「あなたなら近づいてもいいよ、と許された雄ザルは雌ザルの背中をかいたり、交尾の姿勢をとったりする。これをマウンティングと言いますよね。そう考えると、相手に対する親しみを込めたマウントの取り方もあるのかなと思います」

 ということは、貧乏マウントも安物自慢と同様に、相手に対する親しみの感情が込められていれば、円滑なコミュニケーション術として成立し得るということか。井上所長はこう続けた。

「インターネットの世界で普及していますよね。あいつのマウントは威圧的だという言い方が。少なくないメッセージが、自慢という文脈で受け取られていると思います。だけど本来、マウンティングは、相手に対して親しみを込める行為なわけです。そこに立ち返るのならば、いい意味のマウントもあり得るのではないか、と感じました」

「マウント」も使いよう。「安物自慢」から始めてみるのはいかがでしょう。

(編集部・渡辺豪)

AERA 2024年11月11日号

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