フリーアナウンサーの武内陶子です。連載第3回は前回からの続き。そうです、いよいよ、あのお先真っ暗、暗黒の就職活動からの大どんでん返しでございます。一体何が?!
全く先が見えない1浪2留学女子(3歳年をとっているというだけで信じられないディスアドバンテージ)の結果は、最終コーナー曲がり切ったぎりぎりで、なんとNHKに合格。しかもその年のNHKは、アナウンサーの同期25人のうち7人が女子という、後にも先にも女性の採用がこんなにたくさんなのは私たちの代だけ、という結果でした。1991(平成3)年入局組。85年に制定された男女雇用機会均等法にも背中を押されてのことなのか(いやもっとジェンダーギャップ指数上げていかんと、ですけど!)、単に女子が元気が良かったのか(君たちの代はほんとに女子が元気良かったんだよねーと、のちに先輩たちには言われましたが)。そのNHK大阪での就職試験で初めて同じ大学の有働(由美子)に会いました。
それがね、その年のNHKの就職試験は例年と少し違ったんです。それまでは、どこで試験を受けても最終面接は東京でというのがお決まりだったのですが、私たちの代は「最後まで大阪(地方)で受験」というイレギュラー体制でした。「例年と違う」っていうのは受けるほうにとっては大きなプレッシャーですよねー。どんなことになるんだろう、受験しても合格者が出ないということもあるんだろうか、などと心中穏やかではありませんでした。みんなとても不安で「大阪で受けるのは不利になりませんか?」と採用担当の方に詰め寄る学生もいました。いつの世もどんな時も「イレギュラー」は、経験の浅い若者にとってはメンタル的に厳しい。対応力が試される。アラカンの今でこそ、イレギュラーが来たら「よっしゃ〜私の出番!」と逆にがぜんやる気が出てきますけれど。
NHKは採用試験が遅いんです。他の会社が早くから学生の獲得に乗り出す中、ゆっくりと一番遅いタイミングの試験でした。私は、いろんな会社を受けては落ち、門前払いを食らう中で見つけた、就活学生向けの「NHKの先輩と語る会」に参加したのが最初。そこまで連戦連敗、打ちひしがれてなお力を振り絞って絶賛はい上がり中の身としては、チャンスは無駄にできません。魂を込めて書き込んだエントリーシートを提出。それがきっかけで採用担当の方から何度か面接に呼ばれました。そうこうしているうちに全国一斉に行われる筆記試験も通過。そして次も、次もと、だんだん会う人が偉い感じの人になっていき……。