ケーキ作りに励むみずきさん

みずきさんに起こった「異変」

 反響がうれしかった一方で、そんな“ブーム”は、みずきさんが本心から望んだものではなかったようだ。

 納品日に合わせて、忙しくホールケーキを作り続けるうちに、それがノルマのようになってしまったのかもしれない。千里さんは、みずきさんの異変に気が付いた。

「店をグランドオープンして少したった頃から、あんなにお菓子作りを楽しんでいたみずきが、だんだんしんどそうな様子になってきたんです。きちんと届けないといけないことを本人も分かっていて、精神的につらくなったのでしょうね」

 実は、しんどかったのは千里さんも同じ。想像もしていなかった反響にどう対応すれば良いのか。すべてが後手後手になり、振り回されてしまっていた。

 今のままでいいのだろうか……。

 千里さんは、まずはケーキの予約数を絞る決断をし、みずきさんが店でのテイクアウト商品だけに注力できるようにした。開店する日数と商品の種類も減らした。

みずきさんに寄り添う千里さん

 追い風には乗らず、あえて立ち止まる選択をした千里さん。すると、なぜかまたいい方向に風が吹いた。

 今年2月。千里さんが出版社からの依頼を受けてまとめた、お菓子工房のことも書かれている本の出版イベントに、みずきさんと連れ立った。

 障害の特性を知らなかったのか、ある参加者がみずきさんに、本へのサインをせがんだ。

 人前で字を書くなど、絶対にできなかったみずきさん。こんな場面では、いつも通り「固まってしまう」はずだった。ところが。

《みずき》

 みずきさんは自らペンを持って、自分の名前と日付を本に書いた。

 その光景に、千里さんは目を疑った。

「まさか、でしたよね。なんでだろうって考えたのですが、お店のことが書いてあるから『自分の本』だという意識があったんじゃないか。『自分の本』にサインをお願いされたことがうれしくて、すすんで動くことができたんじゃないか。みずきの、知らなかった一面が見えたように思えたんです」

 母の“予感”は当たっていた。みずきさんが自分から動く場面が増えたのだ。

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「やっと原点に戻れた気がします」