若いユーザーがフィルム写真らしさを感じる画質とは何か。その絶妙なバランスを探る難しさを実感したのは、レンズ設計担当の能村洋一さん(45)だ。

「デジタルカメラは高解像な写真が撮れるよう進化してきましたが、フィルムカメラの場合、適切な性能バランスを見つけ出すことが大切だと改めて気づかされました」

社内に残る過去モデルの設計値によるシミュレーションや実写検証で培ったノウハウと照らし合わせて検討を重ねる中で、レンズ設計の奥深さを実感したという。

「デジタルカメラ全盛の時代だからこそ、改めてフィルムカメラの良さが分かるんです。初めて写真を撮った頃に感じた感動を思い出させてくれる機種になりました」(能村さん)

アナログ技術を継承する意義に言及したのは、開発統括部第1推進部長の飯川誠さん(53)だ。

「デジタルを導入して便利になった半面、失われていくテクノロジーも当然あります。それを残していくことは文化の継承につながるのではないでしょうか。イチナナには日常の生活の豊かさにつながる1つのピースになってくれる、という期待があります」

イチナナは巻き上げレバーによる手動フィルム巻き上げ方式など、「アナログらしさ」の象徴として譲れない装備にこだわったコンパクトカメラだ。SNSと親和性が高い縦位置構図を基本とし、フィルム1コマに対し2コマ撮影できるハーフサイズフォーマットを採用。2倍のコマ数の撮影が可能になるため、フィルムの購入コストも抑えられる。

隠れたポイントは、カメラボディの顔ともいえるファインダー横の前後に2本ずつ配した計4本の「マイナスねじ」。工業製品は今や圧倒的にプラスネジが主流だ。にもかかわらず、あえてフィルムカメラの「レトロ感」を象徴するパーツとして使用にこだわったという。

「アナログ文化が凝縮され、かつシンプルに美しいと思いました。正面から見てもらうと、マイナスネジの切り込みの向きが一台一台バラバラなのが際立って浮かびます。ネジ1つのことなんですけど、これってカメラの顔になると思うんです」(鈴木さん)

プロジェクトチームは「今後も多くの方々のご意見を聞き、新製品の開発にチャレンジしたい」としている。鈴木さんは「アナログというカルチャーや市場で1人勝ちは有り得ない」と同業他社にもフィルムカメラ市場への参入を呼びかけている。

「フィルムや現像液、定着液の製造・販売業者、廃液を処理する業者も含めた関連業界が互いに連携して支え合わないと、ユーザーのニーズには応えられません。さまざまなアナログ業界の方々とつながり、しっかりした地盤を築くことができれば、新しいカルチャーは絶対に広がると思います」

自分のため、損得のためだけでなく、「誰かのため」と思えれば頑張れる。次世代が楽しめるフィルムカメラの魅力をこれからも追求していく。

(編集部・渡辺豪)

AERA 2024年10月7日号より抜粋

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