だが、実際にどれくらいのユーザーが、どれほどの熱量で愛好しているのかを定量的に把握できるデータは見つからなかった。これでは社内のゴーサインを得られない。とはいえ、調査に予算もかけられない。そこで思い付いたのが、自分たちの取り組みをYouTubeで一般公開することだった。直接ユーザーに発信し、ニーズの把握に努めようと考えたのだ。「フィルムカメラプロジェクト」と銘打ち、動画配信し始めたのが22年末。発売できるかどうかも決まっていない社内プロジェクトを対外的に発信するのは初めてのことだった。

鈴木さんは動画で、なぜフィルムカメラの新商品を開発したいのかを丁寧に、そして熱く語りかけた。その核心は「若いユーザーが担うフィルムカメラのカルチャーを支え、応援したい」という思いに尽きる。

フィルムカメラ市場は中古市場がメインで、多くの機材は修理やメンテナンスが欠かせない。修理業者も修理部品も少なくなり、中古カメラの価格も上昇している。フィルムも原材料高騰による単価上昇に加え、種類も減少しており、趣味として楽しむには非常に厳しい状況にある。そんな中、経済的余裕のない若い世代が新しい価値を見いだしてくれている。

この現実に心を揺さぶられた開発チームが打ち出したのが、「誰もが安心して楽しめるフィルムカメラ」というコンセプトだ。過去のモデルを単に復刻させるのではなく、一足飛びにハイエンドなモデルを作るのでもない、Z世代を中心とする今の若いユーザーに合う楽しさや機能、価格を兼ね備えたフィルムカメラの開発だ。

「新製品として発売すれば、メーカー保証が付けられます。それを若いユーザーの手に届く金額で提供することを命題に掲げました」(鈴木さん)

反響は予想外に膨らんだ。発売告知に至る1年余に公開した7本の動画の再生回数は計40万超。世界中からポジティブなメッセージが寄せられた。

プロジェクトにはもう1つの目的があった。アナログ技術の継承だ。過去の製品の図面や資料はすべて社内に保管されている。だが、それだけでは新しいフィルムカメラは作れない。精密機械には図面に表せないコツのような技術があり、それは代々口頭でベテラン技術者が若手に伝えてきた。こうしたアナログ技術の伝承が、フィルムカメラからデジタルカメラに移行していく過程で途絶えてしまっていた。

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