広告費ゼロ。クチコミからのベストセラーが登場

 それから17年、@cosmeのリアル店舗は、海外をふくめて36店舗を数えるようになり、ECとあわせた売上は、421億円になった。このリアル店舗のミソは、@cosmeのクチコミにあわせた商品展開をしていることだ。そうした展開をすることで、他のドラッグストアも商品展開を真似するようになり、クチコミの評価で選ばれるベストコスメランキングと実際の商品の売上が相関するようになったという。

「象徴的なのが、2023年末に発表したベストコスメランキングです。ここで一位となったオルビスという化粧品会社のエッセンスインヘアミルクという商品は、12年前に発売された商品ですが、メーカー側はまったく宣伝費を使っていませんでした。にもかかわらず、2022年ごろからSNSや@cosmeのクチコミで話題になりはじめ、商品自体の売上も急伸しました」

 当初のクチコミは、「ドラッグストアに置いていない」といったものが多かったが、ドラッグストアも、この評判から商品を置き始め、化粧品会社によれば、わずか2年で売上は9倍に伸びたという。

 化粧品会社の広告といえば、かつてはテレビと女性誌だったが、いまは激減し、その分をSNSのマーケティングにつぎ込んでいる。2016年には化粧品会社は2800億円の広告費を旧マス四媒体(テレビ、雑誌、新聞、ラジオ)に支払っていたが、わずか7年で1800億円にまで下がっている。その減った分をSNS上のプレゼンスを増やすためのユーチューブやティックトックの発信などのコンテンツ費用に回している。しかし、これらは四媒体と関係がないため、電通は、その額を把握していない。

 化粧品業界の売上の推移にいまいちど目をうつせば、その売上が下がらなかったのは、変化に機敏に対応し、広告費をテレビからSNSにうつすことや、中国市場をいち早く開拓し、出ていったことなどがあげられるだろう。また、日本のスキンケアの専門化粧品会社「タカミ」がフランス系のロレアルに買われて、大手がその商品を売ることで販路が拡大するケースもあった。

 メディアと比較したとき、化粧品業界には、価格統制ができる再販制の適用除外もなく、買収も自由だ。

 再販制の適用除外や日刊新聞法による株の譲渡制限、こうした規制はメディアの独立性を守るとされてきたが、逆に変化も阻む。

 @cosmeの吉松が中期事業計画で、強調をしているのは、ウエブとリアルのidを把握していることから、消費者がどの化粧品を買うと、付随してどう商品を買うか、あるいはヒストリカルなデータなどを駆使して、化粧品会社のマーケティング支援を行うことだ。

 それが生活者の支援にもなるのだという。

 化粧品業界のダイナミックな変化は様々な示唆をメディアにも与えてくれている。

AERA 2024年10月7日号

著者プロフィールを見る
下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。標準療法以降のがんの治療法の開発史『がん征服』(新潮社)が発売になった。元上智大新聞学科非常勤講師。

下山進の記事一覧はこちら