様々な想いを胸にパリ五輪の開会式に臨むアフガニスタンの選手たち。サミーム選手の姿も見える(左から2人目)=2024年7月26日(写真:ロイター/アフロ)
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 アフガニスタンから今夏のパリ五輪に出場した選手たち。その中には、国外に出ることを夢見ていたが、ドーピング違反をした選手もいた。いったい何があったのか。取材からアフガニスタンの実情が見えてきた。AERA 2024年9月16日号より。

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 強い日差しが照りつける屋外とは対照的に、地下にある柔道場は薄暗かった。明かりは外から差し込むかすかな光と、頼りない電球が数個のみ。柔道場と言っても、畳はなく、畳代わりに敷かれた古いビニールマットレスは、シミや汚れがこびりつき、破れたまま補修されていない。マットレスを指でツーッとなぞると、大量の埃が付いた。

 アフガニスタンの首都カブールにある、この非常に粗末な柔道場から今夏のパリ五輪に出場した選手がいる。

 モハマド・サミーム・ファイザド(22)。パリ五輪に出場した6人(タリバン政権が出場を認めていない女性3人を含む)の「アフガニスタン代表」のうちの一人だ。

 結果は、ドーピング検査陽性による暫定資格停止。しかも、使用したとされるのは、1988年のソウル五輪で、男子陸上のベン・ジョンソン(カナダ)が使用したことで知られる筋肉増強剤だ。ロシアのように、組織的なドーピングを行う国もある一方で、時代遅れの禁止薬物を使用し、処分を受けてしまったサミーム。いったい何があったのか。8月17日、筆者はカブールの街でサミームに会うことができた。

 イスラム主義勢力タリバンの統治になってから3年。以前ほどの混乱は少なく、街の様子も非常に落ち着いている。それと軌を一にするように、タリバンによる抑圧も日々強くなっている。

 タリバンは政権奪取後、早々に女性を中等教育以上の教育現場から排除。8月21日には、全身や顔を覆う衣装の着用を女性に義務付けた。「男性を誘惑する恐れがあるため」というのが、タリバン側の説明だ。女性が大きな声で話したり、歌ったりすることも法律で禁じている。その直後には、「反イスラム的」だとして、打撃や関節技などを交えた総合格闘技も禁じた。女性から文字通り、声を上げる権利を奪い、男性からも娯楽を楽しむ権利を奪っている。

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街には物乞いの子どもと自動小銃を持つタリバン兵