人々の生活は困窮している。空き缶などを拾い集める子どもたちが街のいたるところにいる=2024年8月16日(写真:田代秀都)

街には物乞いの子どもと自動小銃を持つタリバン兵

 子どもたちも危機に晒されている。国連によると、アフガニスタンの5歳未満の子どもの45%が発育阻害に瀕している。栄養状態に深刻な問題が生じているが、タリバン政権は目立った対策を講じていない。街には物乞いの子どもたちが溢れかえるが、自動小銃を持ったタリバン兵は知らんぷりだ。

 そんなカブールの中心部から車で20分ほどの場所に、冒頭のサミームが練習拠点とする柔道場はある。商店などが立ち並ぶ通り沿いの古めかしい建物の地下、急な階段を下りるとすぐに、マットが敷かれている。他に、申し訳程度のベンチプレスセットが置いてあるのみだった。

 叔父のアジュマル・ファイザダ(37)が12年のロンドン五輪にアフガニスタン代表として出場するなど「柔道一家」に生まれたサミーム。初めて道場の門を叩いたのは12歳の時だ。以来、畳にすら事欠く練習環境でも懸命に柔道に打ち込んできた。メキメキと頭角を現し、パリ五輪代表に選ばれた。

 アフガニスタン代表と言っても、現在もアフガニスタン国内で生活するのはサミームのみ。他の選手はいずれも、タリバンが支配するアフガニスタンから逃れ、国外でトレーニングを積んでいる。厳しい経済状況、指導者不足、練習器具不足などの課題が山積するのは以前からだが、イスラム原理主義に基づく恐怖政治が支配する中では、選手が安心して練習できるはずがない。サミームも当然、アフガニスタンから出ることを望んでいる。「アフガニスタンのトレーニング環境は非常に悪い。設備も、新ルールを知っている指導者も足りていない」と話す。

 毎日3時間のトレーニングを欠かさないサミームは、“アフガニスタンに居住する唯一の五輪代表”であるにもかかわらず、日中は活動資金稼ぎのため、レストランや服飾店など三つの職場を掛け持ちしている。1日8時間、週に6日働いて、月収はたった100米ドルほど。五輪代表だからといって、金銭的な支援を受けることができないのがアフガニスタンの実情だ。月の稼ぎは、父母と弟を養うことでほとんどが消えてしまう。トレーニング用具はもちろん、日々のプロテインを買う金にも事欠く日々が続く。

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自分もテレビで観たアスリートのようになって、国外に出たい