AERA 2024年9月2日号より

 これは、型にはまらない成長を期待する盛田なりのエールなのだ。辻野さんがソニーを去る時も、この言葉が生々しくよみがえったという。

 ジョブズの言葉としてはほかにも、「点と点をつなぐ、点はつながっている」が好きだという。辻野さんの人生とシンクロするからだ。

「私にとってソニーを退職するのは苦しい決断でしたが、ソニーを辞めなかったらグーグルとの出会いもなかったし、グーグルを去らなければ、起業後の新しい出会いもなかった。そう考えると、本当に全部きれいにつながっています」

 辻野さんにはソニー時代、創業者・井深の迫力とスケールに圧倒された経験がある。同社は毎年、世界中の幹部社員が集結する「マネジメント会同」というイベントを行っていた。「マルチメディア」などという言葉が流行っていた時代。「デジタル」をテーマに終日、社の目指すべき方向性について激論を交わしたことがあった。当時、最高相談役だった90歳近くの井深も車椅子で臨席していた。締めの言葉を井深に求めると、「今日はパラダイムチェンジの話だと期待して来たんだが、あなた方の話は単にアナログかデジタルかという話にすぎなかった。パラダイムチェンジというのは天動説が地動説に変わったようなことを言うのであって、現状を根本的に疑うような議論がなかったのは誠に残念だ」と切り捨てた。辻野さんはこう振り返る。

「僕らは井深さんのスケールの大きさに頭を『ガン』と叩かれたみたいになった。井深さんがソニーに求めていたのは、その後、世界を席巻していく米国のGAFAMのようなスケール感だったんです」

 井深語録の中で辻野さんが鼓舞されてきたのは「上司に反対されたくらいで止めるのなら最初からやるな」という言葉。ソニーで多くの新商品開発を手掛けた辻野さんは、社内のネガティブな声にさらされる局面も少なくなかった。

「もしそうした圧力に屈して途中で断念していたら、いくつかのヒット商品は生まれませんでした」

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反対を受ける時は、自分が試されていると思うようになった