約20年前にY社の研修を受けにアメリカを訪れた、隆さんの母。「事業をステップアップさせるため」と意気込んでいたという

 長男として家計を支えるため、隆さんは小学6年生のころからポストへのチラシ配りを始めた。単価は1枚3円。1日300枚を目標に、週3回配った。高校入試のための参考書代も、模試を受けるための交通費も、すべて自分でまかなった。

 母にはY社の活動から手を引いてほしかったが、そう伝えたことは一度もない。少しでも反抗すれば、ヒステリックに殴られたり家の外に出されたりするからだ。経済的な苦しさで心の余裕を失っていたのか、母は日常的に子どもたちに当たり散らした。そのストレスから、きょうだい間でも暴力が増えた。

「まさに地獄でしたね。家も狭くて、ただただ苦痛でした」(隆さん)

 だが、当時の隆さんは、Y社に対して敵意を抱くことはなかったという。

「アップを含めY社の会員は温厚な人ばかりだったんです。勧誘も『いい商品だから使ってみたら?』といった言い方で、強引さを感じなかった。まさに“北風と太陽”でいう太陽で、今となっては、生かさず殺さずの距離感がノウハウとして確立されていたのかなと思います。もっと悪質なことをしてくれたら、迷いなく憎めたのに」

 心のどこかにY社を信じたい気持ちがあったからこそ、隆さんは一度だけ、自身の友人を勧誘の場に連れて行ったことがある。

 勧誘にあたっては誘い文句の台本を渡された。当時仲の良かった友人たちに、Y社の名前は出さず「化粧品とか興味あるでしょ?」と持ち掛けてみると、当日、女子2人男子1人が来てくれた。だが3人ともマルチの勧誘であることを途中で察し、「やりよったな……」という目で見てきた。隆さんは「強制でもなんでもないから!」と平謝りした。幸い3人とも、以降も友人関係を続けてくれた。

うつ病になり発覚した、母の“裏切り”

 だがその数年後、隆さんの身に悲劇が起こる。

 隆さんは社会人になると、高校と大学の奨学金の返済として毎月3万円を母に渡した。しかし25歳のころ、仕事で追い詰められたことを機に、「月々の奨学金返済のせいで生活が楽にならない」「子ども時代の貧しさのせいで成功体験を積めない」といったネガティブな思考に飲み込まれ、うつ病を発症してしまう。

 やむなく会社を辞めることとなり、奨学金の返済状況を母に確認した。送られてきた書類を見ると、なぜか5万円しか返済されていなかった。

「うつ病で頭がよく回らない中、必死に電卓をたたいて計算しました。ボーナス月は繰り上げ返済用に15万円ほど渡していたので、少なく見積もっても120万円は払っているはず。母が黙ってお金を使い込んでいたと気づいて、頭が真っ白になりました」

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さらなる悲劇が、妹に…