母が末期がんと宣告され、実家の様子を見に行った隆さんは、荒れ放題の有様に絶句した。未払いの公共料金など、様々な請求書の山の中に、大量のY社製品が埋もれていた

 すぐに、母を交えた家族会議が開かれた。弟と一緒にテーブルを囲み、時に声を荒げ、時に諭すように、数時間かけてお金の使い道を問い詰めたが、母はついに答えなかった。五十路を過ぎた母が「うん」か「ううん」しか言わずにうつむき続ける姿を、隆さんは一生忘れられないという。以降、「この人は自分の母親ではない」と見切りをつけ、完全に距離を置くようになった。

 しかし、金銭トラブルはこれで終わらなかった。

 大学3年生になった末の妹が、就職活動に必要な書類を発行してもらうため、事務局の機械に学生証カードを通すと、なぜかエラー画面が出た。「あれ?」と思い、職員に理由を聞くと、「だってあなた、除籍になっているから」と告げられたという。またしても母が貯金を使い込み、奨学金でまかないきれない分の学費を滞納していたことが原因だった。

「ああ、やっと死んでくれるんだ」

「長男である自分が、おふくろをひっぱたいてでもY社から引きずり出していれば、妹にあんな思いをさせずに済んだのに……」

 隆さんは、取り返しのつかない事態を招いた自責の念から、声を震わせた。

「母がお金を溶かし、家族を裏切った背景には、マルチ商法の悪質さがあると思っています。マルチ企業がほかの営利団体と明確にちがうのが、利益を出せなくても異動や解雇がないところ。Y社と母の間にあるのは代理店契約なので、母が製品を買ってくれる以上、たとえ赤字でもY社に損はない。アップや周りの会員も『そのうち成功するわよ』と盛り上げるから、母は『おかしい』と思うブレーキが壊れたまま走り続けた。これは立派な洗脳です」

 妹が大学を中退した約4年後、母の末期がんが発覚した。ステージ4の子宮体がんで、手の施しようがなかった。

 それを知った時に隆さんが感じたのは、「ああ、やっと死んでくれるんだ」という安堵だった。母が生きている限り、周りは迷惑をこうむり、不幸になる。母が消費者金融で借金をするたび、祖母が清算していることも知っていた。

 だが妹は、「かわいそうだから」と最期まで母に寄り添った。母は「死ぬのは嫌、もっと生きたい」と涙を流し、片っ端からY社製品を試したが、長年慕っていたアップをふくめ、Y社の会員仲間は誰も見舞いに来なかった。4カ月後、母は息を引き取った。62歳だった。

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隆さんの涙の理由