隆さんの母の葬儀の写真。「活性酸素を減らせばガンの発病リスクを減らせる」と家族にY社製品を勧めていたが、62歳で子宮体がんにより命を落とした。生前親しくしていたY社の会員仲間たちから香典が届くことはなかった

“大好きなお母さん”の記憶

 葬儀の日、喪主を務めた隆さんは締めのあいさつをしようとして、骨壺を抱えたまま泣いてしまった。悲しかったからではない。目の前ですすり泣く祖母や叔母を見て、その悲しみにまったく共感できないことがいたたまれなかったからだ。

「母の他界によってY社との契約を破棄できたので、今も苦しみ続けるマルチ2世たちのことを考えると、自分はまだましだと思います。でも、やっぱり母の死は悲しんであげたかった。自分の心を守るため、母を母と認めないことにしたけれど、自分の体に母の血が流れている事実や、“大好きなお母さん”という幼い日の記憶を切って捨てることはできないんですよ……」

 国民生活センターが昨年受けたマルチ取引についての相談は、約5100件。だが、これは氷山の一角に過ぎない。マルチの勧誘を受けた人の大半は、「もう関わらないようにしよう」と距離をとるだけで、いちいち通報しない。勧誘にあたってのやりとりは当事者しか分からないため、特定商取引法で禁止されている“強引な勧誘”が行われていても、証拠が残っておらず実態解明が難しい場合も多い。

「マルチ事業者には、人の人生に干渉している自覚を持ってほしいし、『自分の家族が同じ状態になっても、これが正しいビジネスだと思うの?』と聞いてみたいです」(隆さん)

 会員の行き過ぎた販売活動・勧誘活動が、家計のひっ迫や家庭崩壊を招いた事例があることについて、Y社はAERA dot.の取材にこう回答している。

「購入金額が多い方や活動内容に疑義がある方に対して、小売販売の証明書の提出や聞き取りを行うなど、健全なビジネスを行っていただけるよう積極的に働きかけをし、場合によっては活動停止や解約を含む厳格な処分を行っています。今後も会員の皆様が適切なビジネス活動を行えるようにさまざまなサポートを行い、誤った活動をしないように注意喚起を徹底してまいります」

 今回、時に涙をこぼしながらも取材に応じた理由について、隆さんはこう話す。

「新たに被害を受ける2世を少しでも減らしたいし、既に被害を受けている2世には声を上げていいんだと気づいてほしい」

 連載第4回は、マルチにハマった末に命を絶った母の「かたき討ち」を誓う2世の事例を紹介する。

(AERA dot.編集部・大谷百合絵)

※「マルチ2世」に関する情報提供やご意見、ご感想はメール(aeradot.info@asahi.com)でお寄せください。

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大谷百合絵

大谷百合絵

1995年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。朝日新聞水戸総局で記者のキャリアをスタートした後、「週刊朝日」や「AERA dot.」編集部へ。“雑食系”記者として、身のまわりの「なぜ?」を追いかける。AERA dot.ポッドキャストのMC担当。

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