京都市内を車で移動する美智子さま。集まった大学生からは「素敵なご夫婦」と声が漏れた=5月15日、京都市(阿部満幹さん提供) 
京都市内を車で移動する美智子さま。集まった大学生からは「素敵なご夫婦」と声が漏れた=5月15日、京都市(阿部満幹さん提供) 

 テントに座るおふたりの案内役を務めたのが、葵祭行列保存会前会長の猪兼勝さん(85)と副会長の西尾斉さん(83)。考古学者で京都橘大学名誉教授でもある猪熊さんは、2016年におふたりが高松塚壁画館(奈良県)を訪れた際にも案内役を務めた。
 

「2代で案内をありがとう」

 猪熊さんはこのとき、葵祭行列保存会の会長だった。すると美智子さまが、こう話しかけてきた。

「以前から葵祭を見たいと思っていましたが、これまで見たことがありませんでした」

 葵祭は1400年以上の歴史を誇り、源氏物語絵巻にも登場する。石清水祭、春日祭とならび、天皇が勅使を送る三大勅祭の一つでもあり、皇室にとっても特別な神事だ。

 葵祭の中心となる「社頭の儀」では、天皇の勅使が天皇の祭文(さいもん)という神を祭る文を読み上げ、御幣物(ごへいもつ)を祭神に捧げて、国家の繁栄や国民の安寧を祈願する。

「葵祭は、単なる祭りではありません。装束の着方や牛車の化粧、斎王代の神輿の担ぎ方などすべてに意味と作法がある。そうした古くからの儀式を次世代に受け継ぐ役目もあります」(猪熊さん) 

 猪熊家は、皇室と縁が深い。

 猪熊さんの父、兼繁さんは歴史学者で、京都大学名誉教授だった。葵祭の「斎王代行列」を復活させた人物で、1965年の葵祭では昭和天皇と香淳皇后の案内役を務めた。曽祖父は、明治天皇に日本書紀などの御進講を務めたという。

 猪熊さんは葵祭の当日、上皇ご夫妻に「路頭の儀」の案内をすべく準備をしていた。ところが、行列がおふたりの前に差し掛かったときにハプニングが起きた。

 本来はあらかじめ決められた4、5人だけが礼をすることになっていたのだが、行列に参加した人びとの多くが次々と礼をし、上皇さまと美智子さまもたびたび席を立ち、手をあげてあいさつに応えたのだ。

「上皇ご夫妻がずっと立っていらっしゃるので、準備したご説明はほとんどできませんでした」と猪熊さんは苦笑する。おふたりはもっとご覧になりたかったのか、行列が終わってもすぐに席を立たなかったという。

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まもなく90歳の上皇さま