数多くこなす講演や挨拶の台本は自分で推敲し、仕上げる。10月の母校・戸畑高校での講演の台本はパワーポイントの作成などで2日間、ほぼ徹夜で仕上げた(撮影/今祥雄)

スポーツから友情が生まれ 平和につながる

 札幌市が名乗りを上げている2030年冬季五輪招致についても忖度(そんたく)しない。本来は、IOC委員として五輪誘致の意義を訴える立場だが、自身も名を連ねるJOC理事会で呼びかけた。「札幌五輪招致はこのまま進めるのか、辞退するのか、一度決を採ったらどうか」

 その真意を聞くと、「腹をくくって前に進むなら、第三者委員会を作り、スポーツ界の構造で何が悪かったのかを明らかにする。リセットしてから招致を進めた方がいい。スポーツ庁、JOCがリーダーシップを取るべきだ」。

 その一方、五輪がビジネスと結びつくこと自体が悪だとは考えていない。利益を出すことを求められる民間企業で生き抜いてきた身には、お金を使う場合のコストと投資では意味が違う。

「五輪の商業化が批判を浴びるけれど、大会後にも生きる投資なら意義はある。スポーツから友情が生まれ、平和につながる。平和と経済は表裏一体で、戦争の原因は貧富の差から起こる」

 平和への思いは父から学んだ。

「父は兵役で原爆が落ちた広島に行った。川で救助作業した記憶を自宅のあった北九州から車で広島の川べりまで行って何度も語ってくれた。被爆2世で平和に対する思いは強い」

 94年から毎年東京で開く新体操の世界クラブ選手権(イオンカップ)は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で分断された民族間の融和を願い、上司を説得して創設した。収益の一部は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に寄付する仕組みを作り、今も続く。今秋の大会にはロシアのウクライナ侵攻で練習場所を奪われたウクライナのチームを招いた。

 10月下旬、母校の戸畑高を訪れたときの講演でも、スポーツが平和の架け橋になれることを、自身の体験を元に力説した。

 講演の後には、その夕方の便で福岡から成田経由で中東まで行くフライトの時間が迫るなか、生徒との懇談会に約1時間割き、熱心な質問に答え続けた。

 高校生の素朴な質問は、渡辺を突き動かす源泉は何なのか、というかねてからの私の疑問を解くヒントになった。

──世界のトップで活躍する能力とは何ですか?

「おれには能力はないよ。ただ、できるアドバイスをするとしたら、社会に貢献することを考えろ、だね。自分のために働くのは限界がある。人のために働くのは限界がない。社会のために働く。それが一番大事。自分のためだと怠けちゃう。人のためにだからやれる」

 利他主義の先に、どんな思いを抱いているのか。

 将来、国際スポーツ界で働きたい夢を持つ生徒からアドバイスを求められると、こう言った。

「僕の英語力は中学生程度。でも、情熱と迫力がある。やりたいこと、言いたいことがあるから相手は耳を傾けてくれる。語学の心配なんていらない」。外国語を話すときに、アクセントにコンプレックスを感じて黙りがちな日本人は多いが、渡辺は意に介さない。

「グローバルな仕事をしたいなら、まず日本を飛び出すことだ。日本にはしがらみがありすぎる。英語で言うならThinkではなく、Action&Think。まず動いてみることだ。型にはまらず、個性を大事にしてほしい」

 外国に行くと、長引く経済の低迷で日本の国際的な存在感が薄れていく現実を目の当たりにする。斜陽化する母国を憂えつつ、日本のポテンシャルを信じている。だからこそ、閉塞感を打破する希望を若者に託す。未来を担う世代に範を示すために、世界を駆ける。

 今は休んでいる暇なんてない。(文中敬称略)

(文・稲垣康介)

※AERA 2022年12月19日号