おぐち・りょうへい/1980年、長野県岡谷市生まれ。大学卒業後、5年で1千万円貯め自転車世界一周に出発。8年半で走った157カ国・15万5千キロはともに日本人最多記録とされる。現在は岡谷の隣の辰野町在住(撮影/編集部・川口穣)

 待ち合わせ場所は町の中心部にある「GRAV BICYCLE STATION(グラバイステーション)」。良平君はここを拠点に旅行者に自転車を貸し出したり、サイクリングツアーを企画したりしている。コミュニティースペースにもなっていて、自転車旅行中の若者がよく足を運ぶそう。ここで良平君が特に力を入れるのが、自転車を使った教育活動だ。「グラバイキャンプ」と名付けたプログラムには小学生向け、中学生向け、リピーター向けの3コースがあり、良平君と子どもたちが数日間かけて自転車で旅をする。

「自転車って教育ツールとしてとても優れているんです。五感を使って好奇心を高めてくれる。1日30キロがやっとだった子も、仲間と励まし合いながら峠を越えて60キロ以上走っていける。それが自己肯定感につながります。それにキャンプを組み合わせ、生きるために必死になる体験をしてもらいます。スタート時は不安顔の子が、1週間後自信に満ちた表情で帰ってきます。僕も自分に自信がなくて、閉塞感を吹き飛ばしたくて旅に出ました。自転車をきっかけに一歩踏み出す子を見るのはうれしいですよ」

 自転車冒険家としての情熱も失っていない。今年3月には晩冬のモンゴルへ。時に気温氷点下10度、風速17メートルという厳しい環境の大地を、12日間かけて駆け抜けた。目標とする南極に向けたトレーニングでもあるという。

「次はパキスタンの高地を走ります。そのあとグリーンランドやカナダでトレーニングして、2030年、50歳になるころには南極を走りたい。世界一周中と比べて肉体的には弱くなったし、どんな環境でも生き延びられる強い自信もなくなりました。でも家族ができて、『絶対に生きて帰る』というマインドを持てるようになった。冒険家としては、強くなったと思います」

 そして南極の次は? 良平君はサインにいつもこう書く。

「月を走ろう!」

 科学技術の進歩著しいいま、それに良平君の情熱があれば、決して夢物語ではないかもしれない。

(編集部・川口穣)

AERA 2024年7月22日号

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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