米最高裁前に集まった人工中絶容認派と反対派の人たち=2021年12月、ワシントン、ランハム裕子撮影

 デモを何度か取材したが、その度に熱気に圧倒された。アメリカはキリスト教の国であり、キリスト教と切り離して考えることはできない。聖書には神が人間を「産めよ、増えよ」と祝福したという記述があるが、そこから「神が中絶を禁じている」という解釈が生まれる。

中絶は医師としての「私の使命」

 1994年初め、フロリダ州のペンサコーラのクリニックで中絶を行っていたジョン・ブリトン医師を3日間密着取材した。彼は自家製の防弾チョッキをまとい、私は友人のFBI捜査員から借りた防弾チョッキを身に着けて取材した。中絶に反対する過激派によって、いつ襲撃されるかわからないからだ。ブリトン医師は銃も携帯していた。

ブリトン医師は銃を携帯していた(Mary Ellen Mark)。記事のスクリーンショットから

 ブリトン医師は、こう言った。

「他の医師は自分の命を危険にさらしたくないので、中絶に賛同していてもやらない。だから私がやるしかない。患者がそこにいる限りそれを助けるのは、医師として私の使命である」 

 銃を見せながら、「撃たれたら撃ち返す」とまで言っていた。

 だが、約半年後の7月29日、ブリトン医師はクリニックに車で着いたところを、エスコートをしていたジェイムズ・バレットと共に頭を撃たれて死亡した。69歳だった。

1994年7月30日のニューヨーク・タイムズから

「私は彼を殺す権利がある」

 このニュースを知って、私はショックを受けた。犯人はポール・ヒル。元牧師であり、宗教過激派と言われていた。

 私はヒルに会って話を聞きたいと、彼が収監された刑務所に手紙を書いて、取材を申し込み、1994年秋にそれが実現した。

 刑務所とは思えないほど磨き上げられたフロアを歩いて、彼のいる鉄格子の中に足を踏み入れた。狭かったが、immaculate(汚れひとつない)という言葉がそのまま当てはまるような、清潔な部屋だった。私は単刀直入に聞いた。

「あなたは正しいことをしたと思うか」

 ヒルは一切の迷いなく、こう答えた。

「100%正しい行為だ。ブリトン医師は数えきれないほど胎児を殺してきたので、私は彼を殺す権利がある」

 ということは生まれ変わっても、中絶を行う医師を射殺するのか。そう聞くと、こう答えた。

「もちろんだ。それが神から私に与えられた使命だ」

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