アラバマ州最高裁が今年2月16日、体外受精(IVF)後に凍結された胚を「子ども」とみなす判決を下した。この判決で、いま全米に激震が走っている。世論は真っ二つだ。
* * *
アラバマ州の判決を受け、州内の3カ所のクリニックはIVFを停止すると発表した。キーワードは、‟fetal personhood”だ。fetalは”fetus”(胎児)の形容詞形で、personhoodは「ヒトであること」という意味だ。判決は、IVFによってできた胚が何らかの理由で失われた場合、病院側は賠償責任、場合によっては刑事責任を負う可能性があることを示している。
全米で大々的に報じられ、意見はSNS上で真っ二つに分かれた。
凍結胚は「胎児」かで論争
BBCニュースの北米特派員であるノミア・イクバルはXにこう投稿した。
「気持ちはわかるが、胚を抱くことはできないし、胚に母乳を与えることもできない」(I understand the emotions but you can’t cuddle an embryo, you can’t breastfeed an embryo.)
産婦人科医のエスター・チャンの、Xへの投稿はこうだ。
「凍結胚は胎児ではない。それは希望とサイエンスを体現しているが、personhoodを体現していない」(Frozen Embryos are NOT unborn children. They embody hope and science, NOT personhood.)
政治マンガを描いているクレイ・ジョーンズは、Xにこう投稿した。
「イエスは凍結胚に愛情を抱いている。世界中のすべての凍結胚に愛情を抱いている」(Jesus loves the frozen embryos…all the frozen embryos of the world.)
2月24日付の「ニューヨーク・タイムズ」紙は、「一部の共和党議員が一般的な不妊治療をひっくり返す決定から急いで距離を置く中、民主党は彼らをその判決と結びつけると誓った」と報じた。
だが、日本での報道はほとんどない。アメリカ社会にとっては大きな衝撃であっても、日本からみると遠い話だからだろう。だが、中絶やこの判決の深刻さを把握しないと、アメリカを理解できないと言い切っても過言ではない。
1973年のRoe v. Wade(ロー対ウェイド)判決
中絶をめぐる大きな転換点は、1973年だろう。この年、米連邦最高裁は、中絶を受ける権利は憲法で保障されるプライバシー権の一部であるとして、全米で中絶が合法化されることになる画期的な判決を出した。
しかし、これで一件落着というわけにはいかず、1980年代以降、中絶禁止を求める中絶反対派(pro-life)が、判決に抗議するデモを毎年ワシントンDCで大規模に開催してきた。