そのときの彼の目を今でも覚えている。私がそのとき思ったのは、この論争は消えることはないという確信だった。
ヒルは死刑判決を受け、2003年9月3日に処刑されている。
アラバマ州最高裁判決の背景
さて、アラバマ州の裁判の概要はこうだ。IVFを行うクリニックで、1人の患者が凍結胚の保存室に入って、他の患者の凍結胚を取り出し、落下させて凍結胚を破損した。これに対し、3組の夫婦が訴訟を起こした。
その際に使った法律が、未成年者不法死亡法だ。一審は、凍結胚はこの法律の保護対象にならないとしたが、最高裁はこれを覆し、凍結胚は「子どもである」とし、適用されるとした。この法律が制定された1872年にはIVFは存在しなかったにもかかわらず、IVFによってできた凍結胚に法を適用したことになる。
アラバマ州ではこの判決から3週間後の3月6日、ケイ・アイビー知事(共和党)はIVFを行う医療関係者を保護する法案に署名した。これにより、医療関係者は同州でIVFに関する刑事・民事訴訟から保護されることになった。2月の判決以降閉鎖していた3カ所のクリニックのうち2つは3月の判決が出てから再開した。
年8万人超が誕生、「体外受精」はどうなるのか
中絶禁止を支持する州はunborn children(胎児)をヒトとみなしているが、あくまでも子宮内にある生命についてだった。
中絶反対派の間でも、IVFについて意見が分かれる。たとえ凍結されていても「子宮外にある受精卵はヒトとみなすべき」という人もいれば、IVFを生命の誕生を助ける技術とみなし、受精卵の喪失をそのプロセスの一環として受け入れる人もいる。
アラバマ州最高裁の判決で、他州の法律にも波紋が生じている。アイオワ州はfetal homicide bill(胎児殺人法案)を可決(上院ではIVF治療への懸念のため、棚上げ)し、unborn person(まだ生まれていないヒト)を「受精から生児出生まで」と定義し、フロリダ州はIVF治療への影響が懸念される中で、fetal personhood法案を先延ばしにした。アリゾナ州のようにIVF条項が生命の定義に具体的に含まれている州もある。つまり、受精卵はどの発達段階でも生命として認めるが、その法律を、IVFを提供するクリニックに対して使ってはいけないとしている。
ちなみに、全米では総出生数の2.3%(8.6万人)が毎年IVFによって誕生している(文中一部敬称略)。
(ジャーナリスト 大野和基)