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あれから六十年近く経った。あれほど駄々をこねた精進料理が今では大好きで、母が食べていた野草を思い出しては、散歩を楽しんでいる。お陰さまで何でも食べる元気な人生を送らせていただいている。
定年退職をし、母が私の子育てを必死でサポートしてくれていた齢にも到達した。母のように孫育てはできてないなと振り返りつつ、息子や孫が「まっいいか。いい方にいってるね」と言うのを聞くと、母に「ありがとう」と、心の中で言っている。
息子や孫も自然が好きで、元気に育っている。美味しい食や生き方を自然体で伝えてくれた母に、しみじみと感謝の気持ちがこみ上げている。
この春から発酵教室に通い始めた。漬物や味噌づくりをしている時、母の声と温かいまなざしが蘇ってくる。「いい色だね。いい方にいってるね」と。
「AERA dot.」鎌田倫子編集長から
しみじみとした感謝がにじむ文章ですね。葵そらさんとお母さんの思い出をエッセイとして共有できて、読み手の私も幸せな気分になりました。
私も、ふとした時に顔を出す親の影に「はっ」とするときあります。こんなふうに自分の一部を作っていたのかと。もちろんいい影響も悪い影響もあるのが現実ですが、感謝の面に焦点を当てているのが、やっぱり関係性を物語っています。みそ汁や菖蒲といった日常の言葉に、葵そらさんのこんなふうに自分の一部を作っていたのかと、「幸せ」の価値観が込められている気がしました。