東京都内の会見場に入る宇野。2年前ごろから現役引退を考え始めたことを明かした

 引退やプロ転向という言葉を使わずに、「これから自由にスケートをやれる」と表現する。そこに、彼らしい前向きな気持ちが表れていた。

「競技から離れるので、自由にスケートをできます。ジャンプ、スピン、何でも自分で選べます。自分の生き方にもマッチしているかなと思うのですごく楽しみです。引退を決めてからの練習も『これをやらなきゃ』ではなく『これやってみようかな』と自由度の高いワクワクする日々を送れています」

 引退会見だというのに、切なさや哀しさは一瞬たりとも見せない。それは、涙を見せるのが嫌いな宇野らしい演出なのだろう。

無欲の王者が見た景色

 ふと、18年の世界選手権で、右足に怪我を抱えながら決死の銀メダルを獲ったときを思い出した。演技後、頬を伝った涙を「汗です、汗です」と頬を赤らめ、否定した。自分の努力を、ドラマのように語らないのが宇野流。あの時と変わらない、恥ずかしがり屋な性格だからこそ、引退会見もドラマティックな雰囲気にしなかった。

 多くのファンに愛され、人を惹きつける演技で注目されてきた。一方で、とても内気で、気を使いすぎる性格。トップ選手として注目され始めた頃、自身についてこう語っていた。

「人に気を配りすぎて、言葉一つ一つも色々と考えてしまう性格なので、一人でいるほうが楽です。だからこそ休みの日は家に引きこもっていますし、友達も少ない。ゲームばっかりやっていたくて、本当はすごく地味な性格です」

 それでも、氷上に立つと別人のように華やかな演技を見せる理由を、引退会見でこう話した。

「小さいときは特に、人前で喋れない内向きな性格でした。両親も、まさか僕がお客さんの前で、氷上に乗って一人で演技することができるとは思っていなかったはず。でも氷上に僕一人だから、自分が創る世界をちゃんと見てくれる機会があり、自分の色を出しやすい。自分が発信できるタイプじゃないからこそ、性にあった競技、環境なのだと思います」

 恥ずかしがり屋の小さな男の子が、天命といえるスポーツに出合った。「勝つことよりも、全力であること」を貫き、そんな無欲の王者が見た頂点からの景色は「コーチが喜ぶ姿」だった。これからも宇野流の美学で、恩返しの旅を続けていく。(ライター・野口美恵)

AERA 2024年5月27日号より抜粋

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