車の運転はやめ、免許の更新もしないと決めた。酒はしばらくやめたが、最近、また飲むようになった。ただ、自宅でたしなむ程度に量をセーブしている。

 配偶者やパートナーとの死別は「人生最大のストレス」とも言われる。

 嘉門さんも死別後、しばらくの期間は家でひとり泣いた。

「号泣するわけではありませんが、こみ上げてきましたよね」 

 眠れない日もあった。 

 最近も、1970年に開かれた大阪万博で、テーマ館の一部として建てられた万博記念公園の「太陽の塔」に行く機会があったが、昔、夫婦で訪れた記憶がよみがえり、涙をにじませながら周辺を歩いた。 

 こづえさんを支えるためにやっていた数々の役目がすべてなくなり、手持ち無沙汰に感じた時期もあった。 

新たな発展や気づき

 ただ、喪失感が消えることはないが、時間の経過とともに、一人でのライフスタイルが自然とできあがっていったという。日常生活の中で、新たな発見があったり、気づきを得たりすることができるようになった。 

「移動中、妻との会話がなくなった代わりに、スマホで音楽を聴くようになったんですが、たまに耳にしていた洋楽が何という名前の歌手の歌だったのかとか、こんなにいい歌があったんだとか。今が人生で一番、音楽を聴いて学んでいると思います」 

 久しぶりに電車での移動をするようになり、大江戸線の構内の深さに驚いたり、仏壇に飾るために、ほとんど行ったことがなかった花屋に通ううちに、店ごとの個性の違いが分かるようになったり。 

 ささやかなことだが、“おひとり様”ならではの生き方や楽しみ方を見つけつつある。

 死別から1年半が過ぎた。

「時間とともに、鳥飼こづえという女性の輪郭が、よりくっきりと感じられるようになったんです」

 と、嘉門さんは独特の言い回しで今の思いを表現する。

 こづえさんは、口にこそしなかったが、自分の命が長くは続かない可能性を悟っていた。嘉門さんは、死別後にそんな確信を得た。 

暮らしとモノ班 for promotion
携帯トイレと簡易トイレの違いってわかる?3タイプの使い分けと購入カタログ
次のページ
もう嘉門さんの歌は聴きたくないという声も