名登利寿司の女将・佐川芳枝さん(本人提供)

「女将」の後継者不足も深刻

 また昭和のすし店は、出前が大きな収入源となっていた。店屋物と言えばすしかソバだけという時代が長く続いた。今はコンビニもファミレスもあり、オンライン宅配サービスが和洋中の料理を自宅に届けてくれる。街場のすし屋は経営が苦しくなり、後継者不足を加速させた。

 芳枝さんは「後継者不足も問題ですが、実は女将さんの後継者不足はもっと深刻なんです」と言う。東中野の名登利寿司は息子の豊さんが二代目として後を継いだ。だが豊さんの妻は美容室を経営しており、女将の後を継ぐことはできない。

 もし芳枝さんが“卒業”すれば、ホール担当のパートを雇用することになるが、これまで芳枝さんが担ってきた下ごしらえや、酒のつまみなどの調理を頼むのは難しい。芳枝さんは「息子は厳しい修行を積んでいます。全てのことはできますよ」と笑うが、二代目の豊さんが人手不足のリスクを背負っているのは間違いない。その豊さんが言う。

「私は一度、会社員になりましたが、行き詰まりを感じていた時、『父の後を継ぐのもいいかな』との考えが浮かびました。父の店は繁盛していましたから、“お手本”が身近にあったのも大きかったと思います。一人前のすし職人になるには最低でも7年の修業が必要です。今の若い人にとっては長すぎる時間かもしれません。やる気のある若い人は高級すし店に弟子入りします。安定を優先する人は大手の回転ずしに入社します。街場のすし屋で働きたいという人は少なく、私は街場のすし屋の未来には悲観的な考えを持っています」

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