労使交渉の回答状況をボードに書き込む金属労協の職員。2024年は高水準の回答が相次いだ

 この見通しは決して的外れではない。昨年も春闘では約3.6%と30年ぶりの賃上げ率(定期昇給を含む)となったが、厚労省発表の「名目」賃金上昇率は前年比1.2%増にとどまった。そこには2.4ポイントの落差がある。賃上げ率のうちベースアップ分と定昇分が明確にわかる組合の平均賃金上昇率3.69%のうちベア分は2.1%でしかない。さらに、連合の春闘に関係しない中小企業の賃上げ率が大企業に比べてかなり低いことや労働時間規制の強化で残業代が減ったこともあり、名目賃金の伸び率は春闘の賃上げ率に比べると大幅に低い1.2%にとどまった。消費者物価上昇率が前年比3%超だったので、実質賃金はマイナスに沈んだ訳だ。

 この傾向を今年に当てはめると、春闘の賃上げ率は5%を超えるが、ベアは3.6%に過ぎない。連合傘下にない中小企業の賃上げ率はこれを大きく下回る可能性が高く、さらに、今年から物流業界などで労働時間規制が強化されることもあるので残業代の減少も予想され、名目賃金が3%以上上がるにはかなりハードルが高いというのが客観的情勢だ。

 消費者物価の上昇率は直近では2%台に下がっているが、今後は、電気ガス料金補助がなくなることや原油価格の上昇、企業による積極的な値上げ姿勢に加え、記録的な円安の動きもあり、消費者物価の上昇圧力は高まっている。

 すでに4月に入っているが、実質賃金がすぐにプラスにはならないと考えると、24年を通じた平均値での実質賃金のプラス転換は難しいと言った方が良いかもしれない。

 当然のことながら、賃金と所得は異なる。賃金は、労働者が雇い主から労働の対価として受け取るものだが、所得には、それ以外にも利子や配当や株の売却益、不動産の賃料や売却益、さらには、政府からの給付金なども含まれる。

 したがって、賃金の伸びが物価の伸びを上回らなくても、金融所得が伸びたり、あるいは今年のように所得減税を行ったりすれば、個人の全体の所得の伸びが物価の伸びを上回る状況を作ることは可能だ。

 岸田首相は、「賃上げ、賃上げ」と声高に騒いで国民に「大幅な賃上げ」の期待を煽り、その結果として、国民が「物価の伸びを超える」という言葉を聞いた途端に、物価の伸びを超える「賃金」の伸びだと思い込むように仕向けた。

 しかし、よく聞くと、最後のところでは、「賃金」という言葉の代わりに「所得」と言葉を置き換え、それが物価上昇を上回るという言い方で終わるような形で話をしていた。

 相当な知能犯のように思えるが、これはおそらく官邸スタッフが岸田氏に振り付けたシナリオ通りに岸田首相が演じたということなのだろう。

 ある薬を売るときに、この人はがんが治った、この人も治った、その人も、あの人もと挙げて、聞いている人に、これはがんに効く薬だと思い込ませておいて、薬を買ってみると、効能書きには、健康増進と書いてあったというような詐欺的商売と似ている。

 岸田首相の「詐欺師ぶり」はなかなかのものだ。

 詐欺といえば、もう一つ、子育て支援金のことを思い起こす人も多いだろう。

 4月9日、子育て支援金の負担額が年収600万円の人で月1000円になるなどという試算をこども家庭庁が発表したが、多くの国民から見ると、「え?」という驚きの数字だった。

 最初の政府の発表が、医療保険制度全体の加入1人当たりの平均月額 500円弱(後に平均月額450円程度と発表された)というもので、「ワンコイン」という報道がされたこともあり、これが多くの人の頭に入っていたからだ。

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