モスクワ郊外で3月22日に発生した銃撃事件後、現場となったコンサート会場が入った建物で火災が発生。がれきの撤去作業が続いた(写真:Russian Look/アフロ)

 3月22日、モスクワ郊外のコンサート会場で起きた襲撃事件で140人以上が死亡した。ロシアの治安当局は、今回のテロを防ぐことができなかった背景に何があるのか。AERA 2024年4月15日号より。

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 もしもテロリストが乱入してきたら、どこに身を隠すべきか。脱出ルートはあるか。携帯は圏内か──。座席に着くとまず、そんなことを確認するのが私の習慣になっていた。2005年、モスクワに特派員として赴任したころのことだ。

 好きな音楽や演劇を楽しむために劇場を訪れるたびに落ち着かない気分を味わったのは、私だけではなかっただろう。

 この3年前の02年10月。モスクワの劇場に武装集団が乱入し、立てこもった。3日後に治安当局が鎮圧のために特殊ガスを使い、観客約130人が死亡した。04年9月にはロシア南部の学校を武装集団が占拠。子供たちを含む約330人が亡くなった。

 テロが相次いだあの暗い時代がまたやってくるのではないか。そんな思いが胸を塞ぐ。

 プーチン氏が5選を決めたロシア大統領選の5日後の3月22日、モスクワ郊外のコンサート会場を武装グループが襲撃し、140人以上が死亡した。ロシア国内で起きたテロとしては、過去20年で最悪の惨事だ。

 犯行後まもなく、過激派組織「イスラム国」(IS)が系列のネットメディアに犯行声明を掲載した。翌日には実行犯が撮影したとされる動画もアップされた。隠れていた観客に発砲し、倒れた男性ののどに刃物を突き立てるといった残忍きわまりない様子が映っている。

 ロシアの治安当局は実行犯4人を含む12人を拘束。4人はいずれも中央アジアのタジキスタン出身だとされている。

ウクライナ関与と主張

 さて、以上が今回の事件を巡る事実関係のあらましだ。

 何の罪もない一般市民を標的にした卑劣な犯行があったことを疑う者はいない。ところがその背後関係をめぐって、ロシアとそれ以外の見解が鋭く対立している。犯人たちの背後にウクライナがいたという疑惑をロシアが主張しているのに対して、それに同調する国は、皆無と言ってよい。

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駒木明義

駒木明義

2005~08年、13~17年にモスクワ特派員。90年入社。和歌山支局、長野支局、政治部、国際報道部などで勤務。日本では主に外交政策などを取材してきました。 著書「安倍vs.プーチン 日ロ交渉はなぜ行き詰まったのか」(筑摩選書)。共著に「プーチンの実像」(朝日文庫)、「検証 日露首脳交渉」(岩波書店)

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